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大北?の池田町への転居

安曇野市にも夏が来た。盆地だから暑い。東京と変わらない35℃!
居候先のアパートは、外観は立派だがブレーカーが小さい。
エアコンを別室にも増設しようにも「ダメです」  それでは夏が凌げない。
そこで急遽、安い、小さい、「駅近」の古家を探してウロウロ。
でもコンクリートジャングルの東京で育った身なので、もう終わりが見えてる老後を
また街なかで暮らすのは嫌だなあ、、

そんなとき突然、見つけた物件が、はるか北の「ポツンと3軒家」!のうちの一軒、
そこは「池田町」、、、ドコそこ?
全国どこにもあるような名前だけど、いやいや、歴史の古い由緒ある町。
高瀬川の左岸(東岸)、南北に細長い。北は雪国「大町市」に接してる。
町の名前の由来は、図書館の郷土史によると、町内の湿地、沼、池を
少しずつ田んぼにしていった歴史から来ているらしい。
今は池がほとんどないが、池にまつわる民話が残っている。
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広大な農村風景のただ中、小高い丘の上。高瀬川の河岸段丘?
いや断層崖と言いう説が有力。

古い航空写真を見ると、太古の土石流の扇状地の突起らしい。
ということは次の土石流は避けて流れるかも?
標高は655m、安曇野市より100m高い!寒そー、、、
お米炊いたら気圧が低くて沸点が低くて、ガンタ飯になるとか?
炊飯器では問題なしを確認済。

眺望絶佳!日本のスイスだ。(行ったことないけど)  
こんな一等地がなんで売れ残っていたのか?
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夏は雲海がいつも下がってきて、山頂が見える日が少ない。

後立山連峰を西に見上げ、盆地を下に見る、東の対斜面。
まさしく「フォッサマグナ」の活断層の真上!
「それを承知で買ってください」と逆にセールスポイントにしてる。
裏山の石室古墳は「2000年間、崩れてません」 
でも今年が大地震が起きる2001年目かも?
いや、100年前には大町中心の地震で、近所の神社が傾いたそうです。

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台風の烈風は北アルプスで減衰する。たまの豪雪以外、災害には無縁だと。
でも、、、、日頃は伏流に近い高瀬川だが、
100年に一度の大雨で北アルプスの水を一手に集めたら、、、、
幅300mの暴れ大河に変身!

「なので昔から家々は高台にあります」とお坊様が言ってたけど。
いや、池田町の中心街は結構、低いところにある。
もし堤防が切れたら、高瀬大橋のそばの町役場は水没?
「そんなこと、誰も考えてません」   
確かにハザードマップでは中心街は大丈夫。
でもその下流は、、、昔は堤防が切れて水没した歴史もあるとか。

この間の冬、完全除雪の安曇野市から北上したら、
池田町あたりでシャーベットに、大町市へ入ったら圧雪に!
たった北へ20kmなのに、、、そしてさらに北へ20kmの白馬はスゴイ豪雪!
スリップ事故を3件も目撃、軟弱ドライバーの私は撤退した。

地元の人は「4駆でなきゃダメ」「いや、すぐ除雪してくれる」
「安曇野市並み、最近はたいして降らない」とか、、、どれがホント?
細長い町なので、大町市に近い北では結構な積雪になる。
4年前には2m近いドカ雪があったらしい!
大町では、かって小学校は校庭に水をためて下駄スケートを楽しんでた!
「今は出来ません」 地球温暖化は進んでいるらしい。

売りにでていた丘の上の洋風物件は結構新しい。
宅急便のお兄さんは「雪降ったらこの坂、登れないね」
ウーン、上の県道から下ってくるしかないか。

サンルームが2つもある。これでは固定資産税が増える。
2階からの脱出用外階段も。屋根に明り取り窓が。
私にはもったいないような設備付き。バリアフリー、電気蓄熱式温湯装置、
天井にはキャバレーのような豪華シャンデリアが。恥ずかしい、、、

雨戸が無い。「凍って開かなくなるから、この辺のどの家も雨戸はないです」
当然のように2重ガラス窓。「そうしないと結露で室内にツララが付きます」
ガラス1枚壊すと15万円!
「冬は風呂の水を溜めとくこと」 そうすれば時々、自動運転して凍結を防ぐ。
外の水道柱には、見たことがない「凍結防止水抜きダイアル」が付いてる。

過去に10人も買い手が現れたらしい。
でも「なんだかねえ」と売れなかった。先住者がワケありか?

展望は、、、、、南から、
蝶ケ岳は隠れ、常念岳がやや小さく、
東天井岳、大天井岳、有明富士、燕岳。餓鬼岳が正面に。
唐沢岳、不動岳、七倉岳、北葛岳、蓮華岳、赤沢岳、鳴沢岳、岩小屋沢岳、爺ケ岳。
そして北には鹿島槍、五竜、唐松岳、小さく白馬が、、後立山連峰が全て見れる!
冬はこれらが銀嶺の襖(フスマ)となって、ハンパでなく凄い景色なのだ!

「後立山」とは、富山県側から見た「立山」の「うしろ」という意味。
いっぽう、長野県から見ると、槍、穂高の前衛峰になる。
だから残念ながら槍、穂高は見えない。

スイスのツエルマット(行ったことないけど)も素晴らしい眺望だそうだが
「夏でも気温が10度以下でとても寒い」
それに比べれば、「ここは、はるかに住みやすい」と著名な登山家が言ってる。

眺望の評価点は、、
大町市が眺望の核心部として10点。、池田町は9点、安曇野は8点かな?
かといって、大町市に別荘を構えると、本気で雪との格闘を覚悟しないと。
その点、池田町は高齢者でもなんとか移住可能な位置?
地元は迷惑だろうけど。

池田町は少子高齢化、過疎化を叫んでいる。
たしかに廃屋が多い。廃別荘もある。
空き家は200軒も!「地価が上がるなんて考えないほうがいいです」
だが安曇野市の宅地乱開発が一段落すれば、いずれブームが迫ってくる?
事実、別荘、移住者はどんどん増えてる。
既に余剰気味の大型ショッピングセンター、なのにまた新たに建設中だし。
業者は先を見越しているのだ。
せっかくの江戸時代!からの古民家、土蔵、土塀、
広大な田んぼの風景が、いずれは失われる、、
廃屋を解体した土地のみ新築を認めるとか、景観保護が必要ではないか。

点在する別荘は例外なく西向き、デカいガラス張り、まるで水族館の水槽。
眺望優先なのだが、西日が暑くてたまらない、午後はカーテン締め切り、意味なし。
西向きのガラスサンルームも冬は寒いだけで全く役立たない。洗濯物も乾かない。
日本で家を建てるときは南向きにせよ!と言いたい。

薪ストーブが当たり前!高齢になったら薪割りできないけど大丈夫?
プロパンガス屋の兄ちゃんに「なんでこの辺の家は電気蓄熱システムだらけなの?」と聞いたら、
「高齢化で火事が多発して。ガスからオール電化に切り替えたブームがあった」と。
だったら薪ストーブなんてアブナイんじゃないのかなあ?

自家用天文台もある。
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三階建ての「木造古民家風」の別荘もある。
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蔵、土蔵、立派な土塀がある古民家、どこも大きい、広い。
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風情がある消火栓。赤ペンキ塗り直したい。
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むむっつ、お宝が、、、他にも別荘のガレージにはレアなお宝があった!でも撮影禁止に。
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火の見やぐら、半鐘が現役!
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この半鐘は山中で見つけた。
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この石碑群も山中で。
地元の方々は顔立ちがはっきりしてる。武士の末裔か?
皆さん、礼儀正しい。いつも笑顔で挨拶してくれる。
移住者にはとても親切にしてくれる土地柄なのだ。
ご自慢は異口同音に「眺望が良いでしょう!」「ここには災害が無いんですよ」

移住者、別荘の方は当然、どなたもリッチだ。
ウチのような貧乏人が来るところではなかった?

池田町役場には立派な「資料館」がある。お話を要約すると、、、
1.かって、松本城主が、隠居に備えてお城をここに建てようと、10年越しの建設ブーム。
  お堀まで作ったのに、、、跡継ぎに急逝されて隠居がボツに。
2.かって、大糸線は池田町を貫通する予定だった。だが町の反対でボツに。
  それで大糸線は高瀬川右岸(西側)を貫通して「大町」へ。
3.アリャー、失敗!養蚕産業ブームもあり方針変更、路線誘致。
  結果、支線が「安曇追分」」から枝分かれして池田町中心に通った。めでたしめでたし。
4.ところが池田町内の北端、十キロちょっとで行き止まり、赤字続き。
  「シジュウカラ」と揶揄されて結局、11年後に廃線。
5.安曇野市との合併話もあったがご破算?
 
なんか、私のやり直しだらけだった人生に似ているなあ、、、、、

警察署、消防署、法務局、税務署、どれも大町市にある。
そう、安曇野市よりもそっちのほうが近い。
「交番」があるって? いやいや、立派な「支署」です。
ところがゴミ処理は安曇野市の焼却炉を使ってる。
そういうときだけは「松本地域」に入る?よくわからん。

「松本地域」に対して、行政は小谷村、白馬村、大町市、松川村、池田町をまとめて、
「北アルプス地域」と呼ぶ。ナニそれ? 北アルプスはデカいよ!それを一人占め?
山梨県の「南アルプス市」と同じ過ちを犯してる。(以前のブログで説明したが)

以前通り、「大北地域」(タイホク、ダイホク,ダイキタ?)と呼ぶことのほうが多い。
「大町」「北安曇郡」の組み合わせだとか。
「JA大北、」天気予報では「大北地方」コロナ発生件数発表も「大北地方」
「大北駅伝大会」とかにも使ってる。
後期高齢者保険証は「北アルプス広域連合」になってる。

立派な「安曇病院」が町役場の後ろにデンと建ってるけど、
「北アルプス医療センター」とか「北安曇郡の広域病院」とか、混乱する、
とにかくデカい病院である、あたりは駐車場だらけ。
この一角だけが、由緒ある池田町とは別世界だ。

アレここ、以前はもっと小さかったし、「池田病院」と呼ばなかったっけ?
以前のブログで紹介した、白馬大雪渓での怪我人はヘリでこの病院に運ばれた。
あのとき、カーナビに「池田町病院」と入力したはずだが、、、
そうか、忘れていたが池田町にはご縁があったのだ。

池田町は城下町にはなりそこなったけど、千国(ちくに)街道の宿場町として栄えた。
(仁科道、塩の道、糸魚川街道、松本街道、大町街道とも呼ばれる、ヤヤコシイ)
町役場を中心とする古いコンパクトな家並みは、数百メートルで終わるが、
公図を見ると「町屋作り」の敷地割りが並んでいる。
そう、京都なんかで見られる。間口が3間足らず、奥行がずーと長い。
この街並みが今、残ってたら観光資源になってたのに。
もっとも住む人には不便だからねえ、仕方ない。

お隣の「大町市民俗資料館」のお話によると、、、
糸魚川、小谷、白馬、大町と南下してきた「塩の道」。
だが、日本海の塩田で作った塩はわずか。
「北前船」で瀬戸内海あたりの塩も、糸魚川あたりに陸揚げされた。
そこから海産物とともに、膨大な物資が松本まで延々と運ばれた。
終点の「塩尻」って、名前通り!

海岸から数えて「三日町」「五日町」「十日町」の宿場の地名が残ってる。
牛を頼りに大変な陸運だった。豪雪の冬はさすがにストップ。
武田信玄と上杉謙信で有名な「塩を敵方に送った」という話は、
後年のフィクションらしい。 「陸運だけは誰も妨げられなかった」

書きかけです。








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三郷スカイライン

本題に入る前に、、、、
ついこの間まで住んでた千葉房総半島の自慢話です。
クリックして全体を見てください!

千葉県大多喜町の「大戸の洗い越し」です。
沢床の水面下に道路を作ってある。だから水は常に道路を乗り越えて流れてる。
クルマは水面下の道路を踏み外さないようにジャbyジャブと通過する。
もちろん、増水時は渡れない。流されたらアウト!
アフリカ、オーストラリアにも似たのがあるが日本では珍しいんです。

向こう岸には耕作地しかない、人家が無い。なので橋を作るのがもったいないというわけ。
千葉房総の川は、川床が堆積岩なので軟らかい。
だから山間部では侵食されて深い「ゴルジュ」になってる。
道路を切り通して、沢へ下ってから渡るのです。向こう岸も切り通しを登ります。
最初、渡るのにはけっこう度胸がいります。
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さて本題に入りましょう。
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これは上が北です
「日本アルプス総図」という大縮尺の地図を、ヒマに任せて虫眼鏡で調べていたら、、、
「三郷スカイライン」を発見。何だろう?
やたらヘアピンカーブが連続している。林道らしい。とても車道には見えないのだが、
登り切った終点に「展望台」が!しかも「ここまで車が入る」とある。

これは行かねば!と出動。だがまだ3月初め、当然除雪されてないはず。
三郷地区の入口には「サラダ街道」の看板あり。ナニコレ?
高原野菜の産地なのか?
とにかく安曇野にはカタカナ道路が多い。
「オリンピック・ロード」「アート・ロード」「スケッチ・ロード」などなど。

サラダ街道を曲がって人家の間をまっすぐ山麓へ登っていくと林道ゲートに突き当たる。
路肩駐車させてもらって、長靴、チェンスパイク、両ストックで、ゲートのパイプの
横から林道に入る。すぐにヘアピン、ツズラ折れの連続。どんどん高度を上げる。
積雪は日の当たるところは溶けて舗装路面が出て凍ってる。
ワダチもある。4駆の軽トラなら何とか登れるかも。

だが地区の森林だという植林の真っただ中、全く眺望無し。
今にも冬眠から覚めた熊が出そう。
出た! いや、地元の人でした。「気を付けて。自己責任でね」と。
三郷スカイライン

高度が上がるにつれてどんどん雪が深くなって、水平になったところでとうとう立往生。
このあたりから南向きのため雪がさらに腐ってる。
こりゃ、カンジキかスノーシューでもないとムリ。
雪が溶けたらまた来ようということで撤退決定。

そして、図書館で偶然見つけた本によると、、、、

「釜トンネル、上高地の昭和史」 菊池俊朗著
  ここに三郷スカイラインがなぜ作られたか?が書かれていたのだ!

壮大な話だが、上高地と言えば、、、、
1.ウエストンが通った「島々谷から徳本峠」のクラッシックコース。
2.そして言わずと知れた「沢渡から釜トンネル」  

だが、
1・徳本峠ルートの林道は、度々崩壊して廃道寸前、延々9時間。
  今は徒歩でも崩壊壁の突破があるのでゲート閉鎖のまま。
  最後は急登りの登山道。山岳部のトレーニングには使用されてるが
  もちろんクルマは登れない。

2.釜トンネルルートも、歴史的には崩壊、雪崩事故を起こしてきた。
  暴れん坊の焼岳が、またいつ噴火するか?その時、上高地は孤立する。

他にも入山するルートがあった方がいいのではないか?
となればと、、、、、
1.、昭和30年代に、、、小倉(三郷地区)の有力者連が自費で
  「三郷スカイライン」を作った!
  尾根伝いに「大滝山」経由、徳沢へ降りる車道建設だ。
  だがこれも認可されずに鍋冠山直下で工事ストップ。
  土、日曜限定で展望台までバスが運行された!?よく登れたもんだ。
  今は「冷沢登山口」として残された。、、、ということらしい。

2.昭和40年代、常念岳、蝶ケ岳の「三股登山口」から、蝶ケ岳の山腹を
  トンネルで貫く案まで!これも認可されなかった。

3.昭和40年代半ば、飛騨側からは「新穂高ロープウエイ」が完成!
  しかも西穂山荘脇を乗り越えて上高地へ降りるケーブルまで計画された。
  だが、さすがに現在以上の延伸は認可は認められなかった。

この冷沢登山口はどのくらいの利用者がいるのか?
大滝山まで眺望がないそうです。森林限界を超えていないからねえ。
蝶が岳からの下山に使うとしても延々9時間!
そこから林道下り、里へ出て、タクシー呼んでもらうのかあ、大変だ。
上高地へのルート

右が北です!


そして、、、、もう一冊、古い本を見つけた。
「北アルプス物語」  (朝日新聞 松本支局編)

これによると、
1.江戸時代の文政2年(1819年)安房峠をバイパスする「飛騨新道」として、
  梓川村の有志連合がこの三郷スカイライン・ルートの原型を計画、完成させた。
  だが相次ぐ雪崩、崩落で25年後には廃道となったそうだ。

2.その後、文政11年(1828年代)に槍ヶ岳を開山した念佛僧の
  「播隆上人」が、スカイライン・ルートを使って上高地経由で槍ヶ岳に登っていた!
  彼は山頂に仏像を置くだけでなく、後日、信者が登りやすいように
  太い「ワラ綱」まで垂らした。
  このときは小倉地区の案内人、信者のお世話になってる。

3.当然、これでは耐久性がないので更に信者の寄進で鉄の鎖を準備。
  ところが天保の大飢饉が!「槍ヶ岳を汚したタタリだ!」と石を投げられる羽目に、、
  飢饉が収まった数年後、ようやく信者が、保管された鉄の鎖54mに交換した。

つまり、スカイラインルートを使って牛馬が重い綱や鎖を運び上げ、
ボッカが槍ヶ岳まで運んだ!スゴイことだ。
このころ、播隆上人はもう動けなくなっていたという。
このスカイラインは歴史的に由緒高いルートだったのだ。

明治30年までは槍ヶ岳頂上の鎖は存在してたが、その後、盗まれた!バチ当たりメ!
昭和6年に小倉地区の地元のお寺、信者が、今も残る3本の鎖を取り付けたそうだ。

オマケ

ほぼ雪が無くなった4月に再訪、まだゲートは閉まってた。
熊は冬眠から目覚めて出没覚悟!
延々と林道を登ってたら、途中で道路の雪、ドロを重機が片付け中だった。
「気を付けてください」と言われたが、やっぱり登っちゃマズカッた。
何か所か路肩崩壊があった。シーズンになっても修復で通行止めがあるかも。
安曇野市は大変なカネをかけて維持しているのだ。
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途中にあったハングライダー用?パラグライダー用?の離陸台。
それにしても短かすぎる!相当な度胸が要る。

展望台に着いたら、、、、安曇野以外は何も見えなかった!
ここから更に鶏冠山を越えて大滝山まで登らないと上高地や北アルプスは
見えない。残念。

ちなみに林道往復16km、入口は640m、展望台は1400m、標高差740m
とうとう81才となった私は、登りに2時間ちょと、下りは疲れて3時間以上!ヘロヘロに。
いくら車道とはいえ、長すぎたああ、、、

4月から開通したらクルマでたった20分!安曇野の夜景が楽しめます。
但し狭くて急なので初心ドライバーはムリ。
特に夜間は真暗でヤバイ。イロハ坂並みです。

オワリ


安曇野のハザードマップ

市役所のハザードマップはページが分かれてるので全体が全く見えない。
なので自分で全体像を描いてみたのがこれです。
安曇野市ハザードマップ全体

安曇野市役所から防災マップをもらってきた。
オヤ、何ページにも分かれてる?
この間まで住んでた房総半島の市ではたった2枚だったが。
と言うことは安曇野は潜在的な激甚災害地なのか?

内容が層別化されずにランダムに説明されてるので判りにくい。
まとめ直すと、こういうことらしい。
   1.洪水、土砂災害編マップ、、、がけ崩れ、土砂崩れ、土石流、地すべり
   2.地震編マップ
        (A)揺れやすさマップ、、地盤の違いによる差
        (B)震度想定マップ、、、長野県全体からのデータかな?

土砂災害は、四つに分類されてる!なるほど。
活断層の説明だって10くらいに細分化されてる。実に学術的だ.
さすがに海が無いから津波被害は関係ない。
だが、、、、液状化現象には全く触れていない。砂地が無いのかな?

青い範囲が冠水面積..。デカイ!
烏川、カラス川と言うのは「空洲川」の意味だと聞いた。
つまり伏流水だ。だが洪水の時は地表をあたりかまわず流れる?
茶色いところは土砂災害の発生しやすいところ。
黄緑色の平野がまずまず安全な面積。太古からの扇状地だ。
東西の広くて白い範囲は言わずと知れた山岳地帯。土砂災害だらけだろう。

安曇野と隣の松本平を流れる数本の川は「明科」で全て1本の大河「犀川」に合流し、
途中、深い峡谷を延々と抜けて長野市の千曲川へ合流する。

だから大正の末期までは安曇野には日本海から鮭が遡上してきたという。
安曇野でサケ漁をやってた!梓川でも、松本でもサケが獲れてた!
一番獲れたのは「明科」だったという。だがダムが出来て絶滅した。
ダムに魚道を設けたら、、、、そこで密漁して一網打尽!
以来、魚道も作らなくなった。、、、、一体、何なんだ!悲しい。

「安曇野節」に「槍で別れた梓と高瀬、巡り合うのは押野埼」とあるそうだ。
押野埼とは明科のこと、とてもよく分かる!
槍、穂高、上高地が源流では、大雨になったら梓川、高瀬川はハンパでない水量だ!

合流点の「明科」は、かって林業の集積地として栄えたそうだ。
山中で伐採した丸太は積雪時に橇、ソリで運んだ。
山岳博物館に1人で動かすソリがあった。2本レールではなくてモノレールだ。
諏訪神社の「木落とし」のミニチュア版だ。左右にV字の棒が出てる。
これを握ってコントロールする。常に山側に立つ。そうしないと下敷きになる!
下の川まで運んだら、また山中まで運び上げる。大変な労働だ。

犀川は水量があったから江戸時代に水運もやってたらしい。
岸から3人から6人がかりで綱を曳いて登ったそうだ。
急流だから大変だったろうに。

洪水のときは、合流点は水がぶつかり合う。
膨大な雨水の、安曇野からの出口は犀川しかないのだ。
どの河川も普段は水量が少ない。伏流、ゴロタ石だらけ。
しかしどれも異様に川幅が広い。つまり典型的な暴れ川だ。
大雨になれば両側堤防の幅一杯に水が溢れるのは間違いなし。

ひとたび河川が氾濫したら、安曇野市役所まで水没する!
ハザードマップによれば安曇野は広大な「遊水地」に見える。
もちろん各河川には延々、数メートル高さの堤防が続いている。
そして上流はダムだらけだ。それでも暴れ川の「梓川」は油断できない。

空想ごとではない。長野市だって、ついこの間、豪雨で千曲川が氾濫して
多数の新幹線車両がパーになったではないか。

なお、民話でも、、「昔々、安曇野は湖だった」
「そこで犀竜という名の母にまたがって息子が犀川を切り開いて水を落としたので、
平野になった」
そういうことにしておこう。

ハザードマップには、、、
「土砂災害特別警戒区域の住人が移転したいときには補助制度がある」とのこと。
近年出来た別荘地、宅造地だって結構、活断層の上にあるけど大丈夫なのか?
私権制限は難しいけど「再建築不可地域」指定されてるのかなあ?
千葉のビンボー市だって、ちゃんと規制があった。
だから何年経っても売れない家があった。
そうしないと、どんどん別荘が出来ちゃうよ。

唐突ですが、図書館の本によると、、、もともと「安曇野」ではなかった?
「安曇平」そして「松本平」と呼んでたそうだ。
ただし一部の文学者は安曇野を使ってはいたらしい。

それが昭和40年代に、安曇野の歴史と人が描かれた「安曇野」という
長編小説が出た。それ以来、安曇野という名前が一般的になった。
そうだったのか。確かに文学的なネーミングだとは思ってたけど。

「梓川」も、いいネーミングだ。
古代、朝廷に弓の材料として「梓」という木を税として供出させられた。
弓が竹製ではなかった時代があるんだ。儀式用かな?
こっちは新宿発の列車の歌がヒットしたね。

その後、度重なる町村合併で安曇野の境界線は変遷した。
だから安曇野市の外側にも「安曇」の地名が沢山ある。そういうことか、納得。

最終的には五つの市町村が合併した。
だから安曇野市役所の支所が五つある?
五つの支所の各々には、豪壮で超モダンな設計のコミニテイホール、体育館、文書館、
美術館、故人記念館、武道館?、図書館、歴史民俗資料館などが併設されてる!

これ以外にも個人の美術館がほうぼうにたくさんある。
ハコモノだらけだ。いや、文化都市だ。

そして、たいてい広大な公園、運動場などもセットでついてる!
安曇野は平地が有り余ってるからね。
この間まで住んでた房総半島のビンボー市では図書館はゼロだった。
隣の「お金持ちの市」の図書館まで通ったっけ。
だが、、、今、それらの設備を利用してる人は僅かしか見当たらない。
コロナのせいばかりではない。作り過ぎじゃないの?

文句言いたいのは、、、、数か所にある歴史民俗資料館、博物館だ。
最新の地図にも、しっかり載ってるし、立派な建物は残ってる。
大きな案内看板だって立ってる。
なのに、、、、、2ケ所を除いて、どこもずっと前に閉鎖されてたのだ!
支所の職員に、場所を聞いても「?」若い職員は知らない。
ようやく見つけたら倉庫になってる。
採算がとれないことは理解してる。だがもっとまじめにやってもらいたい!
安曇野断面
大町の山岳博物館の図によると、安曇平はこんな断面だそうです。

安曇野は地質学的に実に興味深い場所だ、フォッサマグナの真っただ中。
明治時代に招聘されたナウマンさん、若干21歳のドイツ人で10年滞日。

彼が、たった10日の視察旅行、たった1日の安曇平の視察。
そこでナウマンさんが発見したフォッサマグナ!
「かってはここが海だった」「日本列島はここで二分してた」と。  天才か?
その証拠にゲンジボタルの点滅回数は西側と東側で違うらしい!

東の壁は活断層帯。西の壁は北アルプスの褶曲、造山帯。
そこに挟まれた安曇野は、北アルプスから流れ出す膨大な土砂で埋まった。
沖積平野、扇状地になった。6000m掘り下げても太古の海底には届かない!
底抜けか?いつかまた、安曇野が海になって日本列島が分断されるかも。

さてと、それはさておき、、つまらん話ですが、
エレベーター無しの4階アパートは年寄りにはムリだ。
そりゃ、家賃は割安だし、常念岳が目の前、白馬まで見える、眺望は最高だが。
法律ではエレベーターは5階以下は義務はない。
景観上、それ以上の高層アパートは事実上、作れない。
だれか低層専用の「激安エレベーター」を開発してくれないかなあ、ダメか。
仕方ないから、水没範囲を避けて、平屋の古物件探しを始めよう。

書きかけです。




冬の安曇野の過ごし方、その3

前回からのまたまた続きです。

ストックが、ショップでは1本4000円以上もするなんて知らなかった。
左右2本で1万円以上のもある!高い。そこでネットで2000円で購入したのだが、
実は、これは片側1本の値段だったのだ!広告画面では気が付かないようになってた。
そりゃ1本しか使わない人もいるだろうけど、2本セットで買うのが普通だろうが、、

あわててもう1本追加発注。現物が来たら今度はロックボタンが出てこない。
2人がかりで引っ張たらようやく「ポツン」とボタンが出てきた、やれやれ。

早速、雪道林道探検に使用。快適!   ところが、、、、
帰路、ズブズブの雪に取られて安物ストックが抜け出して、バラバラになってしまった!
たった3回しか使ってないんだよーー
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原因は、、、、、
ボタンをロックするためにテンションを掛けてるワイヤーの下端が
インナーパイプと一緒に抜け出てきたのだ!

ワイアー先端の「アイを」抑えてるコーン状のスプリングが、
インナーパイプの端末より大きいので通過できないようになってる。
そうやってワイアーをインナーパイプに固定してた。
インナーパイプはアウターパイプに加締め、カシメて固定したらしい。
そのカシメが甘くて、ワイヤーのテンションに負けた。
結果、ワイヤと一緒にインナーパイプが上へ抜け出てきた。

製造不良ではあろうがずいぶん、いい加減な設計だ。
どうせ欧米品のコピー設計なのだろうが。
検査工程では不良は分からないだろうから、「交換します」と言われても意味ない。
中国製の発展は「客にテストさせて製品を改善する」という商法で発展してきたという。
まあ、安いのだから買う方も覚悟が要る。困ったもんだ。

もう一度、カシメする意味で、アウターパイプの上から思い切ってハンマーで凹ました!!
そしたら、、、、凹みキズは付いたが使えるようになった!これでいいや。
ついでに正常なもう1本も、ハンマーで凹ました。山の中で抜けたら困るもんね。

5.「一の沢林道」

実は前に紹介した「カラスガワ、烏川林道」の、谷を隔てた北側に「一の沢林道」がある。
常念岳への登山口になってる。台風被害は地元の方のご努力で修復されたとのこと。
当然、冬季は閉鎖だが、林道入口まではゴルフ場、リゾートハウス、ビレッジが
あるので完全除雪されてるし車も多い。

林道のすぐ手前に謎の施設と立派な駐車場がある。
ここに停めさせてもらっていいのかな?
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一の沢林道ゲートの脇から入ると除雪されてない雪の上に四角いワカンのあとが続いてる。
冬山登山者がいるのだろうか?三又林道は日陰が多いが、こっちは南斜面。
そのせいか、3月に入ったからか、積雪は腐ってブスブス。
ワカンも潜ってる。長靴ではつらい。重くてラッセルにもならない。ズボズボの連続!

「スノーシュー」が欲しいが本物はメチャ高い!
安物プラ・スノーシューはホームセンター売り場からは消えてしまってもう買えない。
そういえば雪かきスコップも店頭から消えた。
もう一度くらい大雪が来るはずなのにねえ。春になったのかなあ?
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林道だから展望はない。ところどころで蝶ケ岳の南側の尾根上のピークが見えてくる。


なんでここを知ってたのか?
実はここ、一の沢で起きた遭難の顛末を克明に描いた分厚いドキュメント本を読んでたからだ。
それによると関東の社会人山岳会の3人グループが冬山縦走中に予備日を過ぎても下山せず。
その1人は、私がかって働いてた大会社の人だった!

仲間が必死でトレースを求めて捜索、だがその目撃情報は途中で消えてしまって行方知れず。
公式の捜索はいずれ打ち切られた。さらに仲間は何度も現地に通って探した。

そして推理を重ねた結果、当時、「冬の下山路に使えた」という雑誌の記憶を頼りに、
ここ、一の沢へエスケープしたのではないか?と絞って捜索を続行。
ついに遺品を発見。さらなる大規模な捜索の結果、最後の1人を5月の雪解けで収容した。

あとで分かったことだが、地元では「底雪崩が出るまでは一の沢には入らない」と。
つまり沢筋はどんなに緩やかなでも雪崩の危険はあるということだ。

追記:
図書館の本で更に判ったことだが、大正時代にも、ここで雪崩遭難があり、
その救援隊にも犠牲が出た有名な二重遭難があったのだ!

続く。


冬の安曇野の過ごし方、その2

前回の続きです。

3.国営アルプスあずみの公園}(堀金、穂高地区)

ここへの交差点は「北海渡」(ホッカイワタシ)。北海道ではない!
だが道路標識には「きたかいど」となってる。よくわからん。
公園の中の雪道を歩き回っても散歩にはなる。

ニジマスなんかが泳いでる大きなガラス水槽も見れる。
本物の沢が水槽に流れ込んでる「かけ流し」かと思ったkけど、、、
循環でした、残念。
この間食べたうまそうな信州サーモンが悠々と泳いでいる。

高齢者は料金が安い!
でも整備された公園内をグルグル歩くのはなんか飽きる。
それと、大半を除雪されちゃうし、チェンスパイクはまずいし。

そこで公園の外側の雪道を歩くことにする。
公園が休日の月曜は駐車場ゲートが閉まってる。路駐を探すしかない。
積雪期には駐車場がないのでホント困る。

安曇野市ではありえない、国営のシンボル「中央分離帯のある広い道路」!
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じきに狭くなる。その先に温泉施設があり、除雪されてるのでクルマがやたら通る。
1kmくらいで温泉施設。その先は突き当って二又になる。
右のゲートは除雪されてない烏川(カラスガワ)林道。左はオートキャンプ場へ。
その林道の終点が「常念岳、蝶ケ岳」への「三股登山口」だ。
登山者は単にスサドグチと呼んでる。
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4月まではゲートの横をすり抜けて入ることになる。ただし雪崩、落石、倒木がコワイ。
林道といえどもナメタらいけない。
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烏川林道を3キロ行くと「大水沢滝」がある。結氷してるかな?

小さな雪崩跡があったが大体、安全だ。
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期待してどんどん入ってみたら「大水沢橋」とやらまで来た。
だが滝は見当たらなかった。
林道はここから上にヘアピンカーブで上がっている。
先は長そうなのでここで引き返した。


さてずっと前までもどって、、、、
温泉施設のずっと手前にウエストンの胸像と「県営烏川(カラスガワ)渓谷緑地」入口がある。
冬季は閉鎖、駐車場、トイレも使えない。ロープでクルマは立ち入り禁止だが、、、
猿と、熊と、人間は自己責任で侵入していいらしい。
たまにダム管理の人と出会う。お互い、クマかと思ってドッキリする!
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突き当りの「須砂渡、スサドダム」まで新雪の遊歩道を通させてもらう。
途中には橋が2つある。取水ダムもある。
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誰もいない。静かなもんだ。
ところどころに熊除けの鉄パイプが吊り下がってるので叩いて進む。
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ダムへの林道が上に並行して走っており、これに登って合流する。
そしてダム下で行止まる。あとで上から見下ろしたら土砂で埋まってる!
あとで調べたら「全国初の、既存の砂防ダムを利用した流れ込み式発電」だそうです。
土砂の上を掘り込んでる沢水を取り入れて、ダムの高さ分の水圧差で発電するらしい。
取水口を水面近くにすれば、土砂が溜まってもダムとして利用できるということ。
滝の落ち口から取水するようなもんだ。納得。
それにしても落差はわずかなもんだが。

ところがいっぽう、、、左右の200mくらい高い尾根上から太い鉄管が2本、2対、落ちてきてる。
だったらこれはいったい何なのか?   多分、「水路式発電」ではないかと?
常念岳の山腹深く水路トンネルを貫通させ、上高地の梓川あたりから取水してる?
つまりあのはるか高い尾根上がイコール上高地の標高になる?壮大な工事ではある。

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往路は問題ないが、帰路はボーッとしてると林道に国営公園の北側に持って行かれる!
そうなると大変な大回りで駐車場に戻らなければならないので、
必ず往路で渡った橋が沢沿いに見えたらそっちに戻ること。

夏は賑やかなのだろうが、冬はだれもいない。もったいない。

追加:
あれから図書館でいろいろ勉強したり、「穂高博物館」(奈川ダム近くにあり)
で現物を見て分かったことは、、、
  1.須砂渡ダムには小規模発電装置が3ケ所にあるらしい。
      1つは砂防ダム本体の中間から出てる取水パイプの下に。
      あと2つは左右のはるかな尾根から落ちてる水圧鉄管の下に。
      とても発電所とは思えない各々3棟の小さな建物の中に水車と発電機がある?!

  2.こういう小規模(失礼)発電は、長野県の沢筋には昔からいくつも設置されてる。
      その1つでその村の電力をそっくり賄ってた。ところが、、、
      台風で沢筋が変わってしまって、発電できなくなったところもある。

  3.構造は極めてシンプル。渦巻き水車と直流発電機が水平に直結されていて、
    発電された電気は電池に溜めてからインバーターで交流変換されて、
    各戸の送電される。水車も発電機も産業革命当時に、ほぼ完成された技術である。
    電池は発生電力と消費電力のバランスが合わない分をダンプしておく。
    交流でないと送電ロスが多いのでインバーターは必要。

    こういったものを日常点検する運転員は必要であろうが、巨大原発のようなリスクはない。
    素晴らしい!今、これを地域単位で復活、増設出来ないのだろうか?
    上水道局で、水道配水管の途中に発電機を挟むというニュースがあったが、
    まさしく、どんな水源でも、それに見合った発電所が可能なのだ。    長野万歳!!

4.国営アルプスあずみの公園(大町、松川地区)

全く同じ名前の「兄弟公園」がもう1つ、北へ20kmも離れた大町、松川地区にもある!
どーなってるんだ?カーナビも困って、どっちを示すかはその日の気分で変わる。
さらに帰途出口の道路標識に、お互いの兄弟公園の方向を示しているので、
「アレ、今出たばかりなのになんで?」と混乱する。
なんで違う名前にしなかったのか?

これ以外にも10kmくらい離れた松本市にアルプス公園(県営)がある。
ブランド名の乱用だ。

そういや山梨には「南アスプス市」なんてのもあるし。
国道の標識にはやたら「南アルプス」と書いてある。
なんで「南アルプス市」と書かないのか?!
それには山梨のお役人らしい言い訳があるのだが、、、分かるかな?

「中央アルプス市」は没になった歴史があるそうな。当たり前田のクラッカーだ!
こういうのを決める人のアタマの構造が分からん。
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ここも公園の中を歩き回っても飽きる。公園のフェンス沿いの林道を歩く。
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反対側もフェンスがある。公園の拡張予定地だそうだ。
そのフェンスの中に鹿に群れがいた!全員がジットこちらを見てる。
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ということは、予定地のフェンスの中に鹿を飼ってる?
鹿が勝手にフェンスを飛び越えて中に入った?
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林道には餓鬼岳方面と書かれていた。
除雪されてないのでラッセル困難。諦めて撤退。
モトクロス場を通って餓鬼岳への登山口に至るらしい。春になったら確かめよう。
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ところで、、、なんで雪の林道歩きが楽しいんだって?
見晴らしもなし、イベントもなし、無人だし、、、、
いやー、別にストイックな散歩と言うわけではなくて、一人静かにラッセルしながら、、、
その日の雪質を感じながら、、、散在する動物の足跡、フンを見ながら、、、
たまに木立に積もった雪が頭の上に降り注ぐのを受け流しながら、、

それに、雪の無い岩だらけの登山道で、年寄りが転倒したら、即、骨折、脳挫傷だ。
フカフカ雪の林道なら、どこで転倒しても安全!
冬山どころか夏山すら登れなくなった年寄りが昔を惜しんでいるだけです。ハイ。

書きかけです。




プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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