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本村川中流域,,鹿野山,の秘境

本村川については、既に、源頭域、現流域、中流域に分けて説明してありますが、
その「中流域」について案内図で改めて補足説明します。

本村川中流

クリックして拡大してください。
ここは地元の探検家の方が、滝の調査結果を公開してますので、
そちらの写真などを参照してください。

源頭、源流に比べたら進入も遡行、降下も簡単。
秘境ではありますが、人の手が各所に入っていて残念です。
危険箇所はありません。ただし中間点に深い淵があって苦労します。

それと、大雨、大雪のあとでは、崩壊、倒木、倒竹が頻繁に発生します。
その結果、「天然ダム湖」が出来てしまうと遡行が出来ない。
そういうときは引き返して、上流から下り直すという変則になります。

ところがその下り口の工事廃道に、大量の不法投棄の古タイアが山をなしており、
ウンザリします。行政に撤去を頼んでますが、時間がかかるでしょう。
blog 004
これは地蔵橋上流の支流にある「錠滝」

本村川裏見の滝2

これは「裏見の滝」

本村川V字谷3

これは中間のV字谷です。

本村川V字谷

進むに従い沢床が狭くなる。

blog 055


鹿野山他 009

水流は、やっと足が入る程度の狭い溝を流れてます。

天神堀滝

これは中流域上部終点の「天神堀滝」 ショボイなあ。
この上に林道があります。水流は林道下のパイプ水路から出てる。
手前の左岸(右)支流から古タイアの山!を乗り越えて林道へ上ります。

なお中流域に続く下流域は、残念ながら平凡な小川です。



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テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

 房総秘境本村川源流, 房総鹿野山大地溝帯その2

10m井戸上涸滝上から見下ろす
10m井戸涸れ滝の落ち口から見下ろしている。幅2mくらいの狭い回廊の手前下が滝壺。
砂礫に覆われた路地みたいに平ら。全く水はない。
だが降りれない。
先端に日が入っているが、あそこが井戸の出口。その先がステージになっている。
そこが次のNo.6涸滝の落ち口である。

秘境 本村川については前回、源頭、源流、中流に分けて説明した。
そのとき下降ルート未発見だった源流について説明しよう。

本村川源流

クリックして拡大できる。
この「源流の図」を前回の「源頭の図」の下流につなげて貼ってください。

結果からまず申しあげると、、、
懸垂下降が出来るクライマーだったら、この沢は源頭から一気に下降すれば
全長にわたり楽勝なのだ。
なぜなら全ての涸滝は、モロい砂岩、ステップすら乗ると崩れてしまうから、
懸垂下降は簡単だが、登れないのだ。

源頭の入り口は、、、、、
ガソリンスタンド廃屋の10m西に、水ポンプ設備への下降路あり。
更にその下の猛烈な竹ヤブを急降下すれば、源頭の最初の涸滝の落ち口に達する。

ここからは、懸垂下降を4回以上連続してやらなければ最下流の涸滝下まで脱出できない。
下降ロープを固定する支点としては、巨大な倒木、コンクリート塊!などが
ゴロゴロしてるのでこれを利用できる。
ただし、これらのゴミは下流に行くほど少なくなるので、いずれ支点が無くなる。
そのときは立ち往生!どうするかは自己責任だ。

まあ、それでは沢登りとしてはツマラない。
かといってハンマーでステップ掘るなんて言語道断!
ボルト打つのもご法度、というより絶対に抜ける。

房総の沢は、いくら小川でも必ずゴルジュになってる。
理由は、軟らかい砂岩、泥岩が多く、水流で深く削られているから。
だから尾根から沢に下降するのは危険が伴う。
降りれば降りるほど傾斜がきつくなって、もう戻れなくなる。
下がどうなってるのかも全く見えない。

そういう理由で怖くて、下降路がなかなか見つけられなかった。
だが一度、下降に成功してから、沢床から見上げれば、いくつも崩壊があって、
そこに獣道がある。

そんなこと繰り返してたら、一般の探検家でも簡単に下降できるルートを開拓してしまった。
その1つをここで公開しよう.。たった25分で沢床に降り立てる、楽勝!
但し事故になっても当方は責任は持たない。

神野寺前西駐車場から山の上ホテルへ向かう。
分岐点から舗装してない「本村」へ続く古道を下りる。
100mくらい進むと、古道西下に昔の大規模な崩壊跡あり。今は自然木が傾いたまま成長してる。
この崩壊の南側にある植林帯の境界線に沿って忠実に谷底へ降りる。

傾斜がどんどんきつくなって植林帯が終わりになると、オレンジのガイドロープが
大木の横に結ばれて下がってる。
だがここから更にまっすぐ下へ向かうと断崖の上になってアウト。

ガイドロープに従って、北『上流)に向かってトラバースする。
倒木だらけだが、かまわず進む。
ガイドロープが途切れたら、赤テープを探し、それ伝いに更に進む。
狭い獣道だが傾斜は緩く、安全だ。小さな崩壊跡に達すればすぐ下に沢床が見える。

なお、南方向(下流)には下降可能な崩壊地はなし。
下は、スパッと切れた高い断崖なので非常に危険。

補足です。
ガイドロープと固定ロープの違いを知らないで非難する輩がいますので説明する。

1.ガイドロープは、水平道に限らず文字通り、ルートを示すもの。
  これがないと、てんでんばらばらに踏み跡を付けてしまう。
  そうすると斜面が崩れ、岩盤が露出し登降できなくなるのだ。
  ガイドロープjに体重を預けてはダメ。だからタンコブなし。「手すり」なのだ。
  使われるロープは外観はサイル風でも超安物!
  数年も日光に晒されれば白化して強度はゼロになることを承知されたし。

2.固定ロープは、それがないと登り降りできない急傾斜に付ける。必ずタンコブあり。
  安物は、トラロープと呼ぶ黒黄まだらの細い標識ロープにタンコブを付けたもの。
  林業者は大抵、これで間に合わせてる。10年くらい強度あり。

  本物は、直径20mm以上の太い3ツ撚りロープを使う。
  高圧線鉄塔の見回りルートなどはこれ。当然タンコブは不要。
  房総の低山には、本物のザイルを固定ロープとして使ってるところなどは皆無。
  お間違いなきように。

鹿野山 本村川 014


これは源頭への遡行を阻む、NO.2 の井戸涸滝10mを見上げたもの。巻道はなし。
分かりにくいけど黒いところが井戸というか、チムニーになってる。
中間に巨大なチョックストンが!
実はこれ、上から崩れてきた砂防堰堤のコンクリート塊。悲しい。

鹿野山 本村川 006
鹿野山 本村川 016


鹿野山 本村川 005

これらは、下部へ向かうゴルジュ。

鹿野山 本村川 019

これはNO.4涸滝2mを下から見上げたところ。
NO.4とNO.5は連続している。

左右の絶壁からの崩壊があって、倒木、倒れ笹、ヤブがひどい。
人間の落としたコンクリート塊がいくつかある。
くれぐれも隠された井戸涸滝(落とし穴状態)を踏み抜かぬように!私も危なかった。

鹿野山 本村川 018

鹿野山 本村川 020

この下に井戸状涸滝あり

10m井戸上涸滝上から見下ろす
これは源流最下流の井戸涸滝10m。NO.5 の落ち口から見下ろしてる。
ここが本村川の最狭部。
左岸絶壁は、オーバーハングしてますが、柔らかい砂岩。残念。

なんで普段は水流が全く無いのに、こんな狭い、深い峡谷ができたのか?
それは、何十年かに1度の大雨の鉄砲水、土石流で、砂岩が一気に侵食されたのだ!

鹿野山神野寺頂上一体は、透水性の砂岩、イヤ砂地の堆積だ。
昔「鹿野山には嫁にやるな」と言われたという。
井戸はすぐ涸れ、水汲みに苦労させられたのだ。
降った雨はたちまち浸透してしまうので沢の上流部には流れが無い。
水が出ないのはゴルフ場造成、林業、道路整備のせいではない。
水は中腹の泥岩層に達してからようやく湧き水となって沢を下る。

世界遺産ヨルダンのペトラ遺跡への進入路であるシーク峡谷で土石流が発生した!!
あそこも砂漠の真ん中、何十年に一度の鉄砲水で掘られた狭い割れ目のようなところだ。
(行ったことないけどね)
あと、テレビで映像が出ていたが、アメリカのナバホ王国(ナバホ族)の砂漠の中にも、
そっくりの狭いキャニオンがある。乾燥地帯ではよく出来る地形なのだ。

もしここが石灰岩だったら、、、、
かの有名な「鈴鹿の犬上川 滝洞谷の井戸滝」ソックリさんなのだが。
(もちろん、ここも行ったことないが)

この下に、NO.6と呼ぶ最後の涸滝の、落ち口らしき水の溜まったテラス、
というより広い「ステージ」つまり「踊り場」が目視できる。
懸垂下降しないと、ステージには到達できない。

鹿野山 本村川 021
これはステージの右岸から見下ろしてる。画面右下がステージ。

本村川源流ステージ

これはステージの左右の崖から見下ろした想像図。
そして、そこから脱出するには下のNO.6涸滝を懸垂下降しなければならない。
もし「ステージ」の中で支点が見つからなかったらどうするか?
ブルージックで上り返すしかない。

鹿野山本村川源流涸滝

これがNo.6滝の涸滝。
この滝にも巻道がなく、源流への遡行を阻む「下の城壁」といえる。
なお、大雨のあとに見に行ったが(良い子はこんなことしてはいけない!)
ヤッパリ全く水が落ちてなかった。一体、どのくらい降れば「幻の滝」になるのだろうか?
夏は苔がしっかり生えてる。

本村川の源頭、源流には全く水が無い。なんで?
水が現れるのは堰堤から下流である。
六甲山の石灰岩の沢にもそういうところがあるという。
本流だけが、たちまち伏流になってしまう不思議な地層構造なのだ。
それが証拠には上流の枝沢の何本かには、いつもチョロチョロ水が落ちている。

鹿野山頂上一帯は昔々から水で苦労していたという。
「鹿野山には嫁にやるな」という言い伝えもあったという。
現在は、るか山麓から水道が上がって来てるので全く問題はない。

近年にゴルフ場などを開発したから、植林したから、水が無くなったわけではない。
むしろゴルフ場から植林帯への支流にはちゃんといつも水が流れている。

N0.6涸滝の直下へ達する最短ルートを説明しよう。
マザー牧場から県道93号線を神野寺へ進む。
鹿野山電波塔を右に見ると門前町になるが、その寸前右に「霊園入口」がある。
看板はあるが目立たない路地である。そこを南進すると、いきなり霊園が開ける。
急傾斜地の完全な段々造成、自然破壊である。だから展望がいい。

最下段にクルマを駐車させてもらう。そこから東の植林帯をしゃにむに急降下するのだ。
本村川右岸の断崖にぶつかる。そこには崖沿いに昔の仕事道、というか踏み跡がある。
それをさらに急降下、15分くらいで枝沢との出合いへ降りれる。そこから本流を遡行するのだ。
第一堰堤2


すぐに堰堤にぶつかるが鉄棒のグリップがあるので難なく登れる。
堰堤の上は伏流なのでひどい竹ヤブになってる。

実はこの堰堤上には、さっきの仕事道から鋭角に入れる近道工事道がある。
だが、ここもたいていヒドイ竹ヤブと化しているので気がつかないだろう。
001.jpg

本流は幅10mと広いのだが、沢床は完全な伏流、倒木、竹やぶで覆われている。

P2250007最深部に迫る!


これを切り払いながら進むと5分くらいでNo.6涸滝下にぶつかる。
いつかはここが幻の滝となって落水するのを見たいものだが、、、、、
台風の最中にでも行くしかないなあ。

DSC00418.jpg


なお、ヒマな人はもっと下流の鹿野山林道の「天神堀滝」の上から遡行できる。
林道から見下ろして西俣に入るのだ。
すぐに本村地区への取水堰堤がある。
更に堰堤が2ケ所くらいある、ドロンコ登りなのだ。

ここには秘境としての自己満足だけはある。
「オレはこんな人跡未踏の谷に身を置いているんだ!」と叫べばいい。
ただし絶壁に囲まれたコナン・ドイルの「ロスト・ワールド」の逆バージョンだからといって
恐竜はいない。

かっての雑誌「少年」の、小松崎茂だったか山川惣治だったか忘れたけど、
あの「少年王者」を思い出すなあ。
肉食恐竜の棲む断崖絶壁に囲まれた湖の岸に置き去りにされた少年一家の悲劇。
生き残った少年だけが脱出に成功する、、、、懐かしい。古すぎか!
なお、この肉食恐竜は間違ってると思う。見たところ草食恐竜である。

繰り返すが簡単に降りれるようになったからといって命の保証はなし。
怪我したり体力無ければ戻れない。
もちろん、ここは深い谷底、ケータイによる救援要請は通じない。

オワリ








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鹿原尾根,、怨霊の谷、天羽城址

キレット登攀

キレットの突破中です


さて、今回紹介するのは、けっこうマニアックなヤブ山探検なのだ。
といっても今でこそヤブ、倒木、倒竹がヒドいところがあるが、
一昔前までは植林仕事の方々が往来してたであろう立派な山道だったはず。
(なお最近、地元の方々が伐採、整備してくださったので、メインルートはヤブが無くなった!)

ということで、読図が出来なければ失格、コンパスを駆使して現在地を見失わないようにしないと。
ヤブが薄くて見通しがいい冬がベスト、害虫もいないし。
夏はダニ、アブ、ハチ、ブヨ、ムカデに注意。

なお、敗戦直後まで多数の死者を出して猛威を振るった秋田、山形、新潟のツガムシ(赤虫幼虫)は、
5月、6月に発生するが、房総のツツガムシは種類が違うそうだ。ここでは10月、11月に発生する。
「この時期にはヤブコギは控えたほうがいい」と、実際に刺された方から教えてもらった。

刺された初期症状は風邪と全く変わらないが、数日後には体の各所に「血栓」ができる!
こうなると手遅れで死亡例もあるので、絶対に病院へ行くこと。
それもツツガムシを扱った経験のある地元の年配のお医者がベスト。
大病院のインターンはツツガムシ症状を見たことがないので。

なお、ヤマヒルはまだここまでは来てない。でも鹿、猪だらけなので,いつかはやってくる。
行くなら今のうちだ。

ツツガムシといい、ヤマビルといい、自治体は全然、地元や来訪者に啓蒙していない。
なんか、あまり言いたくない、隠しておきたい?と勘繰りたくなる


さて、房総の沢登りでは有名な「七ツ釜」そして「房州アルプス」名前がスゴイ!
これらの中間点にある天空の村「鹿原」。ここを頂点とした北面にある膨大なヤブ山なのだ。
黄色いテープがたまにあるので先人が踏破してる。
その頃にはまだネットなんて便利なものが無かったから公開する方法がなかったのだろう。

いくつかのピークには名前もあり、尾根、谷の各所に城、砦、館があったらしい。
歴史的にも由緒ある、だが今は忘れられた山域なのだ。
さて、このヤブ山への入り口を見つけるのが難物。
なにしろ「上総湊」(かずさみなと)という町は海、山、川に囲まれた自然が豊か。
石坂洋二郎の「山と河のある町」(読んだことないのに!)のタイトルそのままの美しい町なのだ。

裏を返せば、路地を入ればそこはもう秘境。大げさでもウソでもない。
地元の人に聞いても「知らない」「行ったことない」「昔は行けたが今はヤブになってて行けない」
「なんでそんなところへ?」といわれるのがオチ。

怪しまれないように、服装は長靴、工事用の黄ヘルメット、アノラックがいいね。
但し長靴は沢では滑るのだが寒いときは仕方ない。磯釣り用のスパイク長靴なら値も張るが最高。
安物の、底が柔らかい運動靴は沢では意外と滑らないのだが、寒いねえ。
なお冬は、有害鳥獣駆除で猟友会が入るので、赤、黄、オレンジの服装のほうがいい。
「そうでないと撃っちまうじゃないか!」と言われたことあり。

ついでながら20mくらいの軽いロープは必携!なぜ必要かは、いずれ分かる。
鎌、鋸、斧があると便利だがが、片手に持って歩くのは転倒したとき自分に危険が及ぶ。
山師のようにケースに入れて腰に下げたほうがいい。

Shippara highland

これは鳥瞰図。クリックすれば拡大される。手前を北に描いたので混乱なきよう。

鹿原尾根、天羽城、石田村


これは案内図。上が北。踏査したルートの全てを記入してある。
不入斗(いりやまず)の地名が上端(北)に、鹿原(しっぱら)が下端(南)にあり。
「フイリトだ!」とか「シカハラだあ!」と言う地元の人がいる!

北から南へ横断するルートだと、予め終了点にクルマをデポしておかないと大変。
単独行ではクルマのデポが出来ない。その場合は、予め自転車を鹿原にデポしておく手がある。
そうすれば降り一方でクルマまで帰ってこれる。

目印は、いくつかある農業溜池。そこまではたいてい農地か林道あり。
相川溜池 001
これは溜池の一つ、谷田堰(ヤツダセキ)。
ここからヤブ漕ぎで廃道を登るのが稜線まで一番短いルートだ。

ただし農繁期に農道、林道に駐車すると大変な迷惑をかけてしまう。
空き地があっても、そこで農機を上げ下げするのだから。
このトラブルで「クルマ進入禁止になった秘境が方々にできてしまった。
歩くのをおっくうがらずに、ずっと手前の普通の広い道に駐車すべし。

入門としては不入斗からの林道入り口を探すのがオススメ。
といっても、しっかり地形図と照合しないとダメ。道標は無し。
ヒントは人家のゴミ収集場所の前から南への狭い路地。製材工場の脇を抜ける。
そこから一歩入れば長い林道。

この林道は2年前まで完全にヤブ化した、だれも入れない廃林道だった。
それが突然、奇特な企業がカネを出して、砂利林道に整備された!その目的は不明。
ただし、大雨、大雪で倒木が放置されてることあり。
モメないように地元以外のクルマは不可。歩行だけとしよう。
左右に沼地と化した広い廃田があるので、昔はそれなりに使われていたのだ。

1.6kmちょっと、まっすぐ南下する林道の終点で、立派な農業溜池に突き当たる。
とても人工の池には見えないくらい、山奥の静寂な池。池の主がいるかも?
くれぐれもブルーギルやブラックバスを放流するな!
このあたりの溜池は、全て在来種が絶滅させられた。

地形図では岸辺に点線道があるがそこには道は無い。
両岸が迫っていて、この溜池の突破は不可能。
もし、稜線からからこの溜池源流に降りてきたら悲劇である。

溜池の堰の右手から枝尾根伝いに登る踏跡がある。主尾根に出れば廃道がある。
小ピークの巻道を通るときは、枝尾根に迷い込まぬこと。なるべくピーク通しが基本。
コンパスを最大限に活用せよ。GPSなんぞは邪道だあ!

実は、この主尾根に乗る、もう1つ入り口があるのだが、こっちはなるべく使わないこと。
農家の人に迷惑かけたくないもんね。
まず「天神山小学校」を探す。いい名前だねえ。
校庭の真南の道路の農道を南下する。農道の縁には延々と猪、鹿避けの立派なフェンスがある。
100mも行くと、フェンスにチェンロックドアがある。ここを開けさせて頂く。
必ず閉めてチェンロックせよ!

そこを登るとコンクリートの水タンクがある。さっきのフェンスのドアは、ここまでの点検道なのだ。
その脇から先はヤブ廃道を南へ登る。ここはムチャクチャ猪が居る!
だが登山者は相手にしてくれない。「ブブーッツ」と鳴いて逃げてくれる。
当然、冬期はハンターが来るのでご注意!

緩い里山の頂上には名前が無い。仮称「亀鶴山」(鶴亀山?)と呼ばれてる。
ふもとの「園正寺亀鶴山」からつけたそうです。
石積みがあるので、以前はここが天羽城跡だと誤認されてたこともある。
実はこれは富士講の石碑の台座なのだ。
すぐそばに立派な石碑が倒れている。1人では起こせない。
鶴亀山倒れた石碑

これを抜けるとキレット状のコルに降り立つ。
東側はスッパリ切れた断崖なので直登はアブナイ。
西側のドロンコ急斜面を登ってピークへ登る。
ここの2つ目のピーク周りが本当の天羽城址だ。
地元ではアマハジョウとは呼ばない。アモシロ、アモウジロである。

最近このピークは、いきなり視界抜群の城址展望台になった!どうしてこうなったか?
それは「谷田皿引農地保全会」による地域おこし活動の一環なのだ。 有り難いことです。

嵯峨山、物見塚山、トビ岩山、風早山、鉄杖山、妙見山、天神山、
上総湊の町と海、鹿野山、水室山、高宕山、、、、360度の展望である!

天羽城址を発見するために、「房総丘陵」本をはじめ、城マニアはこの周辺の
至る所からアプローチしてきた。
だが、ヤブに阻まれ、ドロンコだらけの苦労の末、敗退した人も多い。
実際にピークを通過していながら、そこが天羽城だとは知らなかった。
私もその1人だったのだが。
だが、もうそんな苦労は過去のものとなった。
天羽城址詳細
これは「谷田皿引農地水保全会」からいただいた天羽城址の詳細図。
舌噛みそうだけどね。現場と照合するととても興味深い。城マニアになりそうだ!

伐採によって城址跡が表れている。仮の道標も立ってる。
ここへはもう主尾根をエッチラオッチラ南下縦走してこなくともいい。
「谷田堰」(ヤツダセキ)のちょっと南の鹿除け網ゲートから、たった20分で
登れるルートが整備された。昔はこのルートを牛を引いて登ったという!
いずれ城址へのトレッキングコースとして有名になるだろう。

天羽城トレッキングコース

これも「谷田皿引農地水保全会」からいただいた図面をもとにした
「天羽城址トレッキングコース案内図」である。
ここに示されたコース以外には絶対に立ち入らないこと。地権者の方からのご意向です。
それに、指定以外のコースを下ったとしても、その先には鹿網が立ち塞がってるので出れない!

なお図中の天羽城址から「花輪堰」への下り尾根道も整備されたが、
登り口が地味なので下りに使うべし。短かい1本尾根だから迷うことはなくなった。
痩せ尾根には石積みがあり、天羽城への補給路だったのでは?

天羽城址から、ひたすら廃道を南下すれば、谷田堰コースの枝尾根と合流する。
ここもハイキングコース並に整備していただいた。もう廃道ではない!
なお西側にいくつも枝尾根道、沢道が分岐するが、どれも谷田堰の田んぼに降りれる。
ところが、そこは鹿除けの金網で封鎖されているので出られない?!
金網はヤワヤワで登れない、壊れる。絶対に登ってはならない。
金網沿いにウロウロ歩けば、ゲートはすぐ見つかるはず。

更に南に向かうと、昼なお暗い森に突き当たる。
その手前に、左手の尾根に登る逆Y字分岐がある。
大抵見過ごすが、ここにも仮の道標が立った。
ここを登ると、直接、後述するキレットへ到達する。

分岐を行かず、そのまま直進すれば、すぐ先の左、土手下の植林帯の中に、地形図にある
怪しげな窪地がある。ここが「怨霊の谷?」「幻の池」なのだ。倒木だらけの世界だ。
窪地は昔の人が造成し、植林していて、大中小三段に分かれている。
変な窪地

稜線の近くなので池には水は無い。地元では池と呼ぶが、普段は湿地である。
ここも城跡ではないかとの説あり。
といっても窪地そのものは植林されてしまっていて、杉の大木だらけ、
昼なお暗い、タライの底にいるような不気味なところである。
何度歩いても、ここの地形は迷う。絶対に怨霊は住んでいるのだ!!!

戦国武士の怨念が漂っていて、里見八犬伝がらみの伝説もあり。

なんでも、この窪地にある穴に落ちた犬が、そのまま吸い込まれた。
後日、鋸山の末端、「明鐘崎」の海へヒョッコリ出てきたというのだ。
これって、清水寺のお水取りみたいだ?
たしかあれも若狭湾の水が京都に湧き出る話だったような。

最近、地元古老から新たな穴情報を頂いた!犬伝説はこの窪地ではなかったのだ。
穴はこの南に展開する覆いかぶさるような巨岩郡の一つ、その北面の下にあるという。
その付近に貝塚もあった!
それはガマの口のような斜め下へ落ちる穴で、石を投げ込んだら音がしなかった!
さあ、このヒントだけで誰がこの伝説の穴を再発見できるか?興味は尽きないのだ。

もっともここは地元では、もっぱら隕石落下跡の窪地という説が有力。
だが地形の専門家によると、「大規模な基盤すべりの地すべり地形」
「山体の層理面に沿った大規模なすべり」「地質構造の層理面に沿って
すべったあとの開口面」だそうだ。ウーン、よく分からないが。

この西、水平距離2キロにあるトビ岩山のふもと「エコー牧場」跡地にも
全く同じ変な窪地がある。双子窪地である。地形図を見れば一目瞭然。

伝説の池跡を突破すると、突然現れる巨木に囲まれた重畳たる巨岩群!
巨岩に生えた大木

房総広しといえども、こんな地形は他にはない!
巨岩は上からえぐれて転げ落ちたのか?角がまだ鋭い。
岩には巨木が根を張っていて、アンコールワットの雰囲気、原始の世界だ!
ゴロンゴロンと雪崩のデブリ溜まりみたい。倒木、倒竹、落ち葉だらけ。
岩の重なりは穴となっている。踏み抜くとアブナい!
犬が落ちた穴とは、こっちのことらしい。
奥深い

秘密の抜け穴?

生命力

いったいどうやってこうなったのか?
迷路状なので巨岩の間に入り込めば必ず迷うはず。ここにも怨霊はいる!
昼なお暗い。コンパスが頼りだ。ヒマな人はかくれんぼには絶好だ。

ただしそんなに心配することはない。巨岩群の外縁を歩くか、
湿地から緩やかに高いほうへ進めば迷わない。
ここはカルデラ盆地状の地形なのだ。

不思議なことにその中に独立したピークがある。
カルデラではないので、、ピークも巨大な岩の積み上がりだ。火山ではない。
谷のピーク

ここが城跡の本丸だという説もある。
地元ではなぜか「石田村」と呼ぶが、村ではない。
最近、知ったのだが富津市の昔の村人は、ゴロゴロ石があって耕作できないところを
「石田村」と呼んでいたという。だからもう1つ、地名としての石田村は近くに存在する。
だが、正真正銘の本家「石田村」はここだああ!!
御嶽山と石田村の地形
これも「保存会」からいただいた詳細形図。石田村の全体像が一目瞭然!
これを頭にしっかり叩き込んでから現地へ突入せよ。

尾根を西へ行けば「仲山」「不入斗城址」「御嶽山」へと続く。
鹿原尾根軍艦岩

ここはタダのヤブ山ではない。
御嶽山、仲山(ナヤマ、ナッカヤマ)は、内田栄一氏の「房総山岳志」を読んで
探索に来た人もいる。

御嶽山は一発では見つからないはず。上掲の地形図をもう1度見られたし。
主尾根を北上する場合は、逆Y字の分岐枝尾根に気が付かず通り過ぎてしまうのだ。
「寺原、相川緑と風の里」が北に見通せたら、そのポイントで西の尾根へ進むこと。
多少整備して仮の道標は立ててあるが、多分抜かれてしまうだろう。

逆に「寺原」から主尾根を南下する場合は、当然、ボンヤリしていても
自動的に西に曲がってしまい、いやでもたどりつく。

なお「寺原」から入るのは大回りになる。
富津市の文化財「岩見堂」へ登れば近道がある。
登りの途中で右の沢の植林帯に入る。沢の右手(左岸)のヤブだらけの枝尾根に取り付く。
下の民家からのテレビアンテナと電線が放置されてる。
枝尾根を登ればすぐに主尾根の道に飛び出すというわけ。

「御嶽山」の頂上石碑。こんな重い石を、昔の人はここまで担ぎ上げたのだ!
神秘的な霊感スポットだ。
御嶽山1

鹿原尾根 003
鹿原尾根 004

この石碑は「御嶽講」であって、当然、木曽の御嶽山の方角を向いているのだが、
さすがにそれは見えない。その方向には県道を超えてトビ岩山が見えるはずなのだが、、、見えない。
戦前は下の地区の人が御嶽山を守ってきた。昔は眺望抜群だっただろうが、
今は大木にさえぎられてる。

岩見堂のすぐ南の、下の県道から見上げると民家の後ろに巨大な岩壁がある。
実は、なんてことない、そのテッペンが御嶽山なのだが。

だから県道から最短でよじ登れるルートもある。「柳戸道」と呼ばれてる。
いや、道ではない、崖沢である。
当然、御嶽山ピークからも直接降りれる。ハンパでない登り、ハンパでない下りである。
ツルツル、ドロドロ、とてもアブナイ。ロープ必携!

たしかに急傾斜だが、テラスが掘り込まれていて、なんとかなる。
これだと登り下りには10分もかからないのだが、、、、、、
民家の裏庭から入るので無断で入ると不法侵入で逮捕されるゾ!
昔は薪を取りに、ここを上り下りしたというからすごい。
御嶽山直下の涸滝


話を石田村へ戻そう。
巨岩群を抜けて尾根へ登る。
その峠を下れば「鳥海館跡」への最短沢ルート、そのまま梨沢へ降りれる。
但し植林帯は倒木だらけなのでガマンされたし。
石田村だけに出入りするなら、この峠が一番早い。

東へ行けばナイフリッジ、キレットの通過!「ゴジラの背」と呼ぶ方もいるが。
急登、急降下を強いられる七つ峰!

鹿原naifurijji
これはナイフリッジ、バンドがあるので安全にトラバースできる。

鹿原キレット

次に現れるキレット。フリーのクライムダウンで降りるのはアブナイ。
本来ならば鎖場だが、そんなものは無い。
ロープで懸垂下降しないと突破はムリ。



地元の人は巻き道があるという。
どうもこれはナイフリッジの南面の沢源頭を急降下して、
もう1度、キレットの根元へ突き上げる沢源頭をよじ登るルートらしい。
たしかにキレット根元から下へステップが刻んである。
これを巻道というのか?キレットと違って、落ちても死にはしないけどコワイ!
鹿原へ抜けるには、ここを通過しなければならない。

そのあとが大変、ひたすらピークをアップダウン。
七つ峰は大げさだが、とにか数ケ所のピークがある。
そしてようやく鹿原の道路(郷蔵)へポッコリ飛び出す。
それがツライ意気地なし(オレ)は、キレット突破したら、そそくさと南の枝尾根を
鳥海館跡へ向かって降りてしまうのだが。

ほかにもルートはたくさんある。
だが、倒木、ヤブ、竹だらけで音を上げるだろう。
途中にある「崩壊地指定」の、やたら立派な看板。誰がここまで来て見るのか?
このピーク平地も城跡らしい?


ところで房総の沢は、どんなに小さくても大抵、ゴルジュになってる。
沢は断崖に囲まれていて尾根から沢床へは簡単に降りれない。
そこで、万一に備えてロープが必携。昔はザイルと呼んだんだがなあ、、、
ロープは立木に回す。バイト(ダブル)にして降下する。そして必ず回収する。

マーキングテープがあってもルートは全て自己責任。
マニアックな探検家よ、こういう人知れぬヤブ山や、鹿野山の本村川源流大地溝帯!なんかが、
房総富津には、まだまだ残されているのだよ。

天気予報が好天続きの時だけ入るように。
猪、鹿が多い。冬狩猟者が頻繁にやってる。撃たれても責任持てない。
単独行では、油断すると命の保証はなし。ご幸運を祈る。

           オシマイ

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テーマ : 登山
ジャンル : スポーツ

房総秘境 間滝と本村川源頭、鹿野山、 

blog 018
画面がデカすぎたのでクリックしてください!
間滝直下の悪場、ここを登って来ると間滝が現れる。
blog 030
画面がデカすぎたのでクリックしてください!
この左奥が間滝なのだが、、、残念。撮影に失敗!

鹿野山といえば、東京タワーが経営するというマザー牧場が有名。
他にも古刹の神野寺、ゴルフ場などが頂上を占めてる。
たった380m足らずの山(丘陵?)なのだが、、、

そんな鹿野山の南面の2本の沢に、皆さんが想像できないような
大秘境が2つもあるのだ!

一つは恩田川の間滝、そしてもう一つは本村川源流である。
まあ、どちらも大地の裂け目とでも言うべきか。
いや、狭くて深く侵食された巨大ゴルジュというのが正しい。
この2つの裂け目は、南北が非対称地形である鹿野山の、急峻な南面に並んだ
「姉妹峡谷」ではないかと思う。

この成因は、、、、、
1.どちらも柔らかい砂岩である。
2.ここ房総半島の南半分は、半島であるがゆえに普段は極めて少雨である。
  台風もめったに上陸しない。
  だが何十年かに1度、大型台風が襲来すると大洪水になる。
  そして鉄砲水が谷を走る。その結果、両壁が切れ込んだ深いゴルジュが
  形成されたらしい。

間滝も普段は流水はわずか。本村川源流に至っては完全な涸沢、涸滝である。
沢床は砂岩だが、本村川は砂礫が堆積していて源流は全くの伏流になっている。
もし、ジワジワと長年かけて流水で削られたのなら、もっと広いV字渓谷になっているはず。

なお、ここは秘境だから、夏は探検につきものの蛇、アブ、ブヨ、ゲジゲジ、ムカデ、
ダニの宝庫。ツツガムシだっているかも?幸いヤマヒルはまだいない。
だから探検するなら、、、、、冬でしょ!当然、命の保証はなし。全て自己責任で行くこと。

だからといって、どちらの秘境も、「懸垂下降しなきゃ下りれない」なんてことはない。
例えば「恩田川の間滝」の場合は、丸山尾根から出合へ降りるだけです。たった25分。

ところがこの間滝出合への最短下降ルートは県有林で、富津市の管理地だそうだ。
それなのに、だれかさんが公開してしまった!
行政も、どっかのブログも、このことで怒ってる。
長靴はいた林業者は、昔から下りてたんだけどねえ。

なお、どっかのブログが非難している「私有地への不法侵入、不法駐車事件」は、
そのブログで紹介した西側ルートで起きてることです。
こっちの東側の最短下降ルートでは発生するはずがないのです。ご安心を。

法律的には日本中が私有地だ。国有地、県有地だって[「お上の私有地」だ。
これを「ローマ法」の「空間総所有」というらしい。
だから日本での山登りというのは全て私有地を、こっそり、ひそひそと、
通らせていただいてるだけなのだそうだ。
地主さん(行政を含む)が拒否したら、もう登れない。

もう1つ、この尾根入り口に、親切な方が手作り道標を立てた。
これも不法だという。
ヒトの土地に勝手に建てやがって!と行政も森林組合も怒ってるらしい。
道標といったって、板切れをクギで打った粗末なもの(失礼!)
いずれ腐って無くなる代物なのに。「ゴミ捨てるな!」ということかな?
警察に通報したとか、新聞ダネになるとか。新聞取ってないから知らないけど。
犯人は確定した?ドンドン話が大きくなってる。

道標、みちしるべって、本来、行政(英語ではサービス)が整備するものだね。
だが行政が全部出来るわけはなし。
といって、個人が、そのスキマを埋めるべく、勝手な「サービス」するのも許されない。
法律を厳密適用して、せっせと禁止だけはやる。
行政には、郷土の大自然遺産を多くの人に知ってもらうという気がないのかねえ。
だからいずれ全部撤去されるはず。
遠路はるばるやってきても「道標が無いじゃないか!」とあわてないでね。

実は不思議なことが起きた、、、
ある日突然、ものすごく立派な地形図看板がこのルート一帯に
20本くらい乱立したのだ!一番近い間隔はたったの20mだ!
設置の工事費を含めて1本10万円以上すると思う。
行政かNPOのものらしい。ここを、ゆくゆく自然観察路にする?
もうじき、この尾根には階段状の遊歩道が出来て、小学生がゾロゾロやってくるかも?
そのとき沢屋はどうする?ランドセル背負って沢登りせよ!間滝の観滝台も出来るかな?

この看板は登山案内ではないから「間滝」なんて記載は無い。
でも沢屋が見れば、どこに間滝があるのか?すぐに見当つくはず。
これを探し出して、それを頼りに下りてください。
もう、手作り道標は御用済みだな。
親切な方へ、、、、手作り道標は、もう抜いてもいいですよ。そうしないと捕まるよ。


それはさておき、「本村川源頭、源流」のほうはそう簡単にはいかない。
ここに降下するのは結構手強い。
だが限られた下降ルートの入り口さえ見つけられれば、
そして山慣れてさえいれば、高所恐怖症でなければ、、、、、、、、
懸垂下降なんかできなくても下りれます。ここもたったの25分で沢床です。
長靴を履いた林業者が昔から下りてます。
沢床へ降りると、、、今度は閉所恐怖症になるぞ!

マトモな下降ルートを発見できるか?が成否を分ける。
もっとも、それだけでも転落の危険はあります。

動物的感覚で鹿、猪の踏み跡をたどるのです。これが探検の醍醐味なんだよなあ。
絶対に雨の中、雨の後には入ってはいけません。滑って、まっ逆さまに転落だあああ!
セルフビレイのロープを延ばしながら下りるべきです。
そうしないと、万一、違ったルートに入りこんだとき、登り返せなくなる。
命を守るために必要です。

側壁を降下するときは、どんどん傾斜が強まるので下が見えないけど、
ひとたび沢床へ降下してしまえば、意外なことにいくつも登り返せる崩壊地跡があります。
上から見下ろしても見えないだけです。だから登り返しルートには心配ない。

めんどくさいなら、イージーに下りたいなら、懸垂下降で下りればいい。
どこでも大丈夫。ゴルジュの側面絶壁でもかまわない。
本村川は、スタンド裏の最源頭からホイホイ懸垂下降を開始しても、
ザイルさえ届けば沢床には問題は無い。
ただし、ザイルを回収しながら何段もの涸滝を次々に降下しても、
最後のステージだけは支点が無い。
その手前の涸滝上の支点から、延々とザイルを何十メートルもつながなければムリです。

さて、本題へ、、、、、、

大秘境の1つ目は、知る人ぞ知る「恩田川」上流の間滝」

間滝へのルート

クリックすれば大きくなる。

下流からそこに至る沢は、深いゴルジュ、ツルツルの狭いV字谷。
硬い花崗岩や石灰岩ではなく、砂岩、泥岩といった軟らかい堆積岩なのが残念。
意外に難所は少ないし、短時間で到達出来る。
blog 029
こういうV字谷のソコをソコウ(遡行)するのだ!

blog 001
ここが最初の難所。肩幅以下の狭い泥壁の先にたった2mの滝。
だが、シャワークライミングか大股開きか、ブリッジでないと突破できない。
私は無精して、この竹の束!と縄梯子で突破した。でもずぶ濡れだあ。

blog 003
遡行してきたツルツルV字谷を見下ろす。

blog 018
間滝寸前の谷を見下ろす。

大地を二分する真っ暗な裂け目の間に落ちるから「間の滝」と呼ばれている?
地形学的には間違ってるだろうが、まさに房総の大地溝帯である。
そまでたどり着く間の谷の姿も異様だが、滝そのものも「魔の滝」と呼んでもおかしくない
異様な光景なのだ。

まるで深い井戸の底の奥に落ちている滝。
上からは容赦なくあたり一面、地下水がザアザアと降り注ぐ。真っ暗で、滝壺まで進むのはコワイ!
全貌が肉眼で確認できるのは太陽が真上にあるときだけ。
それほどに深い、狭い裂け目なのだ。

blog 030
この左奥が間滝なのだが、、、、

blog 020
これが間滝!
情けなや、私の撮った写真は、シブキと露出不足でこのように全滅。

ネットで見事な写真が公開されてる。
最高傑作は「間滝ー滝人collection」さんが公開してる写真です。
素晴らしい迫力なのだ!
ただし。これは肉眼では暗くて見えない全貌を撮影するために、折りたたみ傘(シブキ避け)、
三脚(ブレ防止)、そして何秒かの長いシャッタースピード、という3条件が必要だそうです。

どうしても肉眼でこの迫力ある景観を見たい場合は、太陽が真上にくるまで
待たなければダメです。

間滝の上の源頭は、なんとマザー牧場の敷地!
だから水質は清流とはいいがたい。豊栄養の香りがするし、生ぬるい。
落石、倒木、増水があれば逃げ場なし、谷底だからケータイでの救援要請は通じない。


さて、次の、、、、、
2つ目の大地の裂け目は、知る人すらほとんどいない「本村川」源流帯だ。

本村川源頭ルート

こっちは何と、神野寺の門前町の「ガソリンスタンド廃屋」裏手が沢の「源頭」になる。

地形図を見れば一目瞭然、源頭、源流は全て岩記号で囲まれてる。
ここも「間滝」に劣らず、鹿野山の「大地溝帯」だ!
ただし残念ながら普段は全く水流が無い。
そう、断崖絶壁に囲まれた、コナン・ドイルの「ロスト・ワールド」の逆バージョンなのだ。

「源頭」の沢床へ降り立つルートは、今のところ、たった1ケ所しか発見できていない。
その降り口は、神野寺前、山の上ホテル分岐寸前の駐車場直下の急斜面だ。
沢の凹みをガンガン降りて沢床が見えたら、右へ右へ(北へ北へ)と下がるのがコツ。
そこにはちょっとコワそうなトラバースルートと沢床が見下ろせるはず。
鹿や猪が降りてる獣道ですから負けちゃいられないね。

なお源頭から下流へは、懸垂下降しない限り降りれません!
その境界は深い「井戸滝」で妨げられているのです。
「源流」への降下ルートはといえば、、、、別項を参照されたい。

源頭、源流とも、地元の人もほとんど立ち入らない、いや立ち入れない。
落ち込んだら大変なことになる。もちろん、ここも谷底、ケータイは通じない。
わずかに林業関係者が周辺植林帯を通るのみ。猪、鹿、猿の天国だ。

で、そこに何があるのかって?
源頭、源流には涸滝、ゴルジュ以外に何もない。
コナン・ドイルのギアナ高地にだって恐竜はいなかった。
ツアンボー渓谷の「最後の5マイル」にも幻の滝は無かった。
たどり着くまでが探検、秘境とはそういうものなのだ。

本村川源頭涸滝、ここで行き止り

これは源頭最後の行き止り涸滝。NO.1と 呼ぼう。
このずっと上に水ポンプ設備あり。
その上はガソリンスタンド廃屋先の道につながってる。
つまりガソリンスタンド下から懸垂下降出来る。

本村川源頭下の涸井戸滝を見下ろす

これはNO.2 井戸涸滝10mの落ち口を見下ろしている状態。
倒木があって何だか分からない。落とし穴状態だ。絶対に踏み外さないように。

鹿野山本村川源流下の涸滝

これが、そもそもの源流最下流のNO.6涸滝6m。
実は「この上はどうなってるんだ?」から探検を始めたのだが。
この涸滝の上の源流帯については続報を見てね。

源流を閉鎖している涸滝の、さらに下流には複数の砂防堰堤があります。
ここには深さ数mもの大量の砂礫が堆積し、涸沢どころか猛烈な笹ヤブと化している。
だから、そこを突破すると源流に秘境があるかも?なんて考える物好きはいない、
いや、いなかった。

もし、この砂防堰堤が建設されていなかったら深さ数mの砂礫溜まりは無かったはず。
昔々、この涸滝は「間滝」に匹敵する規模の大滝だったのだ? 残念無念、、、、

もっと下流の、林道で源流から分断された「中流域」には立派な?小滝もある。
ゴルジュ、ツルツルのV字谷、突破困難な深い淵も連続している、ここも秘境なのだ。
こちらは地元探検家の方の写真がネットで見られる。
詳しくは後続報で案内図をお見せしよう。

この中流域には、林道のトンネル脇から簡単に降下できる。
だが残念なのは、それをいいことに大量のタイアが不法投棄されている!
タイアを乗り越えての沢下り、そしてタイアの挟まった見事なV字谷。ホントに悲しい。
これが日本の里山の現実なのだ。

この項オシマイ。
本村川については別項の源流、中流も見てください。



プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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