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劔沢大雪渓は遠すぎた

別山乗越(劔御前小屋)から見下ろした劔沢源頭。
ここを2時間下ればに劔沢大雪渓に達するのだが、雪渓の下まで降りるのに2時間、
再び登って戻って来るには5時間かかる。
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日本三大雪渓は、針ノ木、白馬と、そして最後は劔沢大雪渓。
だが、そこは駐車場からホイホイと簡単には登れるところではない。
どこから行っても乗越し(峠)一つ越えた向こう側にあるのだから。

結論から言えば、、、今回は全く予期しなかった原因で途中撤退,、、、トホホ。
ですから以下は単なる観光ヨタ話、なので我慢して読んでください。


劔沢大雪渓は劔岳南面のクライマー御用達のルート。
積雪量が少ない年、夏の遅い時期はクレバス、シュルンド、
スノーブリッジだらけ、いつ崩れるか分からない。
泣く子も黙る救助隊すら危険で近寄れず、
時期によっては立ち入り禁止になる時もあるらしい。
南アの仙丈岳、藪沢ルートも、同じ理由で「雪渓立ち入り禁止」の看板があった。
秋になると碧氷と化す!ヤワなアイゼンでは歯が立たない。

大雪渓下部の真砂沢ロッジに到達するには、、、、

1.黒部ダム(黒部第4ダム)から見下ろす184m下の谷底(コワイ!)に降りる。
  かの冠松次郎の世界、由緒ある「黒部渓谷下の廊下」である。
  そこから渓谷を下降し、内蔵助谷へ別れ、内蔵助平に入る。
  そして3時間もの「ハシゴ乗越し」(峠)を突破、合計8時間ものハードなルート。
  しかも崩落や雪のブロック、沢の増水などで通れない時がある。
  内蔵助平で何人もの死亡遭難がある。こりゃジジイには論外。

2.逆に北の黒部の下流、欅平からの水平歩道、阿曾原小屋、
  仙人谷、裏劔からやってくる超ロングルートもある。
  だが、相当厳しいそうだ。これもジジイには関係ないな。

3.残るポピュラーなルートは、劔岳登山の入口、室堂からだ。
  雷鳥平へ下る。そして劔御前小屋(別山乗越)へ登り返す、これで3時間。
  そこから劔沢源流を剣沢小屋へ下る。さらに下れば目的の剣沢大雪渓。
  雪渓を下りきればその先が真砂沢ロッジ。これも3時間以上かかる。

私は57年前(昭和40年)の9月、立山駅から室堂、別山乗越経由で劔沢小屋に泊まり、
明くる日、劔岳をピストン、それから立山(雄山)へ縦走した。新雪があった。
当時、大町ルートは黒部ダムから上は開通してなかった。

今の劔岳の大渋滞からは信じられないだろうが、その時は全く他のパーテイには会わなかった!
9月というオフシーズンだったことと、偶然、勤め先の連休が平日だったのだ。
当時もすごい登山ブームだったのだが、週休2日制なんて夢のまた夢、
仮病使って山登り、日焼け真っ黒で出社する猛者もいた。それが昭和という時代だ。
遠い北アなんて、行ける人間と時期は限られてた。


77歳の私には3番目の選択肢しかないな。
台風は関東の南に最接近中で停滞、これが抜けたら雪渓は崩壊、立ち入り禁止か?
行くなら今しかない。遠い昔を思い出すのもいいかなあと即断即決。、室堂へ出発進行!
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信濃大町の扇沢駅駐車場で車中泊。
つい10日前、針ノ木雪渓に登ったばかりなのに、同じ場所へまた来てしまった。
外国観光客にも人気の「黒部立山アルペンルート」正確には大町トンネル、大町ルート。
これに室堂まで乗車しないと。
朝7時15分の始発に乗るには平日といえども30分以上前には並ばないと。
団体さんが入ってたらアウト。

ここからが大変、いろんな乗り物を次々と慌ただしく乗り継ぐ。.
乗ってる合計時間は1時間足らず、だが乗り継ぎ時間があるので2時間にもなる。
観光目的なら、乗り継ぎの度に展望台で見物するから、丸1日がかり。
レジャーランド、いやテーマパーク顔負けだ。
それで、、、往復キップ9000円は安いのか?高いのか? 絶対お得!
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まず、レトロなトロリーバス。しかも1代目、2代目、3代目が混在してる。
「トロリーバスの動態保存博物館」だ。これで狭い狭い地下トンネルを登る。

あーー、敗戦後の東京にもトロリーバスが走っていたなあ。
路面電車は空襲で焼けちゃった。でも路面のレールはちゃんと残ってた。
東京大空襲には爆弾は使われず、焼夷弾だけで焼き尽くされたからだ。

なのに、なぜ進駐軍は路面電車でなくてバスにした?しかもガソリンも無いのに。
そこで路面電車の架線を修復利用して電動にしたのがトロリーバスというわけ。

戦前に路面電車の無かったルートには架線を新設した。
その新路線は郊外電車の踏切すら横断した。
そのときだけ架線が無いからトロリーバスは電源を失う!
そこだけ小さな補助エンジン(たぶん発電機)が唸りをたてて、ヨタヨタ渡っていた。
ハイブリッド大先輩なのだ。

だが大町トンネルのトロリーバスの床は高過ぎる!
重いザック担いで3段のステップを手摺りを頼りに必死でよじ登る。
下りるときはもっと危ない。バリアフリーどころではない。
昔のバスはみんなこうだったな。

なんでこんなにトンネルが狭いのか?
バスのサイズに合わせてトンネルを掘った?
いや、トンネルに合わせて目いっぱいでかいバスサイズにした?
いやいや、秘密発見!
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一回り小さい、古いタイプのバスが2台、整備ピットに入っていた。
バスのサイズがだんだん大きくなったのではないかと?

トンネル内の照明はうす暗い。バスのヘッドライトも暗い。
レトロだからね、当時、ハロゲンライトは無かった。
運転に支障が出るからフラッシュ禁止。
運転手に話しかけてもいけない。よそ向いたら壁にぶつかる!

直線あり、分岐あり、ヘアピンカーブあり、単線運転だ。
中間のすれ違いポイントだけ、トンネルが広がってる。すれ違い信号があるらしい。
不気味な地下要塞を、ギリギリのきわどい運転で逃走するイベントだああ。
小松崎茂の戦争ものペン画(劇画ではない!)にこんなのがあったっけ。え、知らない?

途中に、かの有名な「黒部の太陽」のテーマである大破砕帯がある。
破砕帯が有名なのか?  裕次郎が有名なのか?
私は、昭和32年、ラジオニュースで「破砕帯発生!」を知っている年代である。

ちょっと待った!破砕帯の水温が4度だって?  
いや170度の高熱隧道ではなかったか?あ、間違えた。
そっちは下の廊下、阿曽原、仙人ダムの戦前のトンネル掘削、
吉村昭ノンフィクションの世界だった。

そうか、針ノ木大雪渓がもろい落石だらけの断崖に囲まれてた理由が分かった。
あそこの下にもこの大破砕帯が通っているのだ。
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トロリーを降りれば黒部第四ダム! 観光放水中。その虹のはるか下に小さな橋が。
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あれがハードな下の廊下か。放水量を増やされたら死ぬ、恐ろしい!

アーチ式ダムとはいえ、ダムサイトの両端が直接、絶壁に突き当たっていない。
上半分はクの字に曲がってる。ガルウイングだ。なんで?枝沢を流すためか?

湖水の西面に立山連峰、東面に針ノ木岳を始めとする後立山連峰の絶壁!
恐ろしいように屹立している。
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この谷には誰も住んでなかった。水没するとき、水没集落はゼロ。
ダムにするには最高の立地条件。

トンネル建設には必ず死亡事故がつきまとった。熱海の丹那トンネル然り。
黒部では250名以上の方が亡くなってると。
私が入院してるとき、隣のベッドにはトンネル工事で足の皮膚を持って行かれた方がいた。
長靴だったからそれで済んだという。腿の皮膚を足裏に移植する何度もの手術で大変だった。
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ダムサイトを渡りきると次のイベント、ケーブルカーの入口穴がある。
息もつかせず、45度の急角度のトンネルをグイグイ登る。何も見えない。
トンネルの底を見下ろすのは恐ろしい!
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ケーブルカーから解放されると、、、お次はロープウエイが待ってる。
素晴らしいイベント続きだ!
途中に、ゴトン、ゴトンという支柱が全く無いのが自慢。
秋は素晴らしい断崖絶壁の風景だろう。
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ケーブルカーを降りると、、、、、、
室堂へ行くにはもう一度、トロリーバスに乗り換えてトンネルを登らなければいけない。
必死で階段を上る、とても忙しい。今、どこにいるのか?頭が混乱する。

そして、、、ようやく室堂に到着。もう9時を過ぎてしまった。
列の並び直し、乗り継ぎに次ぐ乗り継ぎ、人混み、完全にヘコタレた。

私が昭和40年に来た時には室堂までは開通してなかったと思う。
だから富山県側の立山駅から入った。弥陀ヶ原をバスで登ってきた。
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開放された観光客と共に、広い台地を見渡す。
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この時は、次に控えてる危険をまだ知らなかったのだが、、、
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広い石積みの遊歩道が網の目のように分岐してる。どこを行けば?
案内板頼りに見ると、、、第一目的地の別山乗越は、、、
はるか向こうの急峻な尾根にジグザクの登りが見える。
かって登ってるのだが記憶が全くない。認知症だな。
あ、劔御前小屋が乗越のコルに見えた。下ってから登り直すの? これはキツイ。
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ミクリガ温泉、雷鳥温泉、そして地獄谷へと下って行く。
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ここで突然、体に異変が、、、全く力が入らない!車中泊の寝不足か?
いや、息が苦しい、高山病か? 肺の中が痛い。セキが出てきた。
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あたりが硫黄臭い。ナニ、「火山ガス監視装置」?
「ぜんそくの人、幼児、妊婦には危険な火山性ガスが発生してます」の看板が!
地獄谷へのコース、風下へのコースは全面通行止め。風向きを知る吹き流しも立ってる。
なんと、東日本大震災以降、火山活動が活発化して監視活動が強まったというのだ。

57年前の昔は何も感じないで通過出来たのだが、、、、、
そのあと昭和42年には死者も出ていると。
黒部渓谷一帯でも群発地震、ガス噴出、高熱隧道の異変があるらしい。
いずれ弥陀ヶ原で大爆発!?なんて風評被害をあおってはいけないけど、
御嶽山噴火もあったし、いつ何が起きるかは誰にも分からない。

私は長年の工業地帯勤務で大気汚染公害にやられて後遺症がある。ゼンソクだ。
風邪をこじらせると、すぐに上気道炎、肺炎になる。肺ガンを思わせる影も出来てる。
デイーゼルトラックが通っても、遠くでタバコ吸われても、すぐセキ咳き込んでしまう。
都会から逃れて海辺の田舎暮らしを始めてもう35年、すっかり忘れていた。
こんなところで、またまたゼンソクが起きようとは思ってもいなかった。

さー、どうしよう。とても登山出来るような体ではなくなってしまった。
引き返すか?茫然と佇んでもいられない。早くこの危険地帯を抜けなければ。
とりあえず雷鳥沢キャンプ場を目指して大急ぎで下ることに。
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沢に降り立ったところでようやくセキが止まった。危険ガスはこっちには流れて来ない。
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でも火山ガスは空気より重く、窪地に溜まる。風向きが変われば沢通しも安全ではない。
沢で顔洗って、別山乗越を見上げる。とにかくあそこまで行こう。

登り始めたらアレ?だんだん元気が出てきた。きれいな空気で回復してきた。
先を行く家族連れが騒いでる。雷鳥の親子が数メートル先に。
このあと、足元のヤブからもヒナの声が聞こえてきた。けっこう増えてきたらしい。

どんどんザレてきて傾斜がきつくなる。
昔、ここで痛めた膝を思い出しながら慎重に登る。
小学生二人がジャンケンしながら先行してる。父ちゃんはもうフウフウだ。
3時間のコースタイムを30分超過、昼過ぎ、ようやく剣御前小屋前(別山乗越)に到着。
ガス(霧)が流れてきた。空模様が怪しくなった。

小屋前は分岐点だから行く人、来る人が休憩してる。ここから劔岳、雄山縦走を目指す人たちだ。
小屋のスタッフに聞くと「明日は断続的な雨」とのこと。台風はまだ停滞してるらしい。

この先、劔沢雪渓を下って真砂沢までは3時間。到着は4時ギリギリ、
あまり休憩していられない。それに、もし泊めてもらえなかったら?

遅い昼休憩、さて、これからどうするか?だんだん岩が濡れてきた。
明日、雪渓を登り返してここまで戻って来るには5時間かかる。
雨では写真も撮れまい。体も完全に回復していないし、、、
泣く泣く、ここで撤退を決断したのだった。

下りは雪渓用として持参の古いスキーの両ストック。ガンガン突いても折れる心配なし。
あ、トロリーもケーブルも「スキーストック持ち込み禁止」と書いてあった!ゴメン。
快調に降りて行ったのだが、、、

ザレの急斜面の中、突然、腿の筋肉が吊った!!!
しかも両脚同時!立てない、歩けない。
大股に踏み込んだので筋肉が伸びきれなかったのかも。
加齢で柔軟性が低下してる。情けない。

座り込んで漢方薬を飲み、膝サポーターを巻く。
後続の方々が「大丈夫ですか?」と声を掛けてくれた。
ようやく治ってきたので、恐る恐る下り始める。また晴れて来た。

後ろから紺色のユニフォームを着た2人連れに追い越された。
その1人が突然、振り向きざまに「警察ですが、どこから来ましたか?」
職務質問?!  

後ろから見てヨタヨタしてたなら先ず「大丈夫ですか?」だよね。
ということは山小屋荒らしのホームレスを追跡中なのか?
そんなにオレはみすぼらしいのか?

一応、無罪放免、キップも切られなかったけどイマイチ納得いかない。
「小屋は満員で、予約無しでは泊めない」と言ってったから、多分、
劔沢小屋にある山岳警備隊詰所のパトロールだと思う。
お2人は短い職質のあと、とっとと下って行った。
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ようやく雷鳥沢キャンプ場まで降りれた。休憩もそこそこに先を急ぐ。
ここで突然の驟雨!(台風の前触れのにわか雨)
10分ほどで止んだが、カッパ出す間もなく全身ビショ濡れ。

雨が吸収したのか、恐怖の火山ガスは弱まってる。
だが前方には小学生の団体が道一杯!追い抜けない。

ようやく4時にトロリーバス乗り場へ到達。日没はまだまだ。
散策中の観光客も沢山いる。
だが、なぜかバスセンターのスタッフがせかすのだ。なんで?

トロリーバスに乗って分かった。これが本日最終便だったのだ!
そうか、下まで1時間かかるからなあ。
じゃあ、室堂を散策してる観光客は全て宿泊予定だったのか?
この最終便を逃したら火山ガスの室堂でビバークするハメだった。
危機一髪!

ガラガラの最終便、気温は20度、雨で濡れた体が震える。
扇沢の駅に降り立つと、谷筋にはもう夕暮れが迫っていた。

ところで、、、
上に残ったトロリーやケーブルの運転手、売店のスタッフはどうするの?
上に泊まるの?まさか、秘密の下り最終便がもう1本あるとか?
あと、ダム湖のでかい遊覧船は、どうやって運んだの?
考えたら夜も寝られなくなる。

公害ゼンソクをかかえた私には、もう2度とこのルートは使えないな。
、、、トホホであった。

あと、あまり見すぼらしい格好で登山するのは止めよう。
職務質問されるゾ!
無精ヒゲは一応、剃ってきたんだけどなあ。

おしまい










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プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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