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黒部渓谷 水平歩道、欅平から阿曾原温泉小屋へ

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欅平から仙人ダムまでが水平歩道、仙人ダムから黒四ダムまでが下の廊下(旧日電歩道)です。
でも、両方まとめて「水平歩道」とか「黒部下の廊下」にしちゃう人もいる。ヤヤコシイ。
天空の道、。、、、、インデイ・ジョーンズの世界!
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「大太鼓」と呼ばれる展望地。ここはチベットの奥地?

ダム建設のためのトンネル掘削、その資材を人力で運ぶための、断崖絶壁に掘り込まれた
水平歩道、狭い桟道、吊り橋。今、それらを登山者が利用させてもらってる。

水平歩道の桟道は毎年、雪崩で壊滅的に壊される!!
それを小屋のスタッフ、高所作業者の大変危険なご苦労で復旧される。桟道は「作品」である!
下流の水平歩道は7月頃、上流の旧日電歩道は10月頃開通する。

両方が全通と聞けば、一気に全国から登山者、ツアーが殺到する。小屋は超満員!
だがそれも束の間、11月に入れば冬山の世界。
折角、復旧した作品の水平歩道、旧日電歩道は、たった1ケ月の限定ルート!はかない命。

ここは冠松次郎の「黒部渓谷」 そして吉村昭の「高熱隧道」で超有名。
日中戦争のさ中、軍国ニッポンは、人命無視で電源開発の工事を強行させた。
これを読めば誰でもいつかは行ってみたいと思う。

ルートの中間点にある阿曾原温泉小屋。プレハブ建屋と、掛け流し露天風呂、
いや「掛け捨て」!」 と呼ぶそうな。雪崩で壊される年もあるという。
厳冬に小屋が無い時は猿が入ってるのだろうか?。

小屋は、雪崩で吹き飛ばされると困るので、10月末には分解してトンネル内に格納、
下流部の水平歩道が開通され次第、再組立てして再開する!大変な労力で維持されてる。
万一、この小屋が無くなったら、、、、黒部下の廊下には行けなくなる、
裏劔から降りてきても泊まるところが無くなる。スゴク大切な、絶妙の中継点!

そしてこの阿曾原小屋周辺こそが、難工事「高熱隧道」の現場。
熱気や土砂を排出した横穴、これらが今も小屋の敷地や付近の山腹に残っている。
掛け捨て露天風呂の源泉は、その高熱隧道から出てる?!
「災い以て福となす」 知らないかなあ?
小屋のある台地も、横穴トンネルから排出した土砂、岩石で出来上がったという。
つまりトンネルは小屋と同じ標高を水平に走っているのだろう。

その小屋主、「佐々木泉」氏は富山県警の山岳警備隊OB。
古いガイドブックの若いころの写真では、ヒゲ面、泣く子も黙るコワモテ!
となると、警視庁機動隊、海兵隊マリーン、特殊部隊シールズ、SAS、、、 の鬼軍曹か?!
無謀登山者を叱りつける。遭難者には「痛いなんて泣くな!」「眠るんじゃない!」
「助ける方だって命がけなんだ!」と往復ビンタとか?、、、、
スパルタ救助隊員のイメージが、、、、テレビの見過ぎか?

ところが、、、この方が毎日、更新するブログが実に面白い。
軽妙洒脱、簡潔明瞭、ウイットとユーモアに溢れた文体、筆力がすごい。

ブログの主目的は「いつ、上の廊下が修復されて全通するのか?」を全国発信することだ。
開通をせかす全国の登山者をなだめすかしながら、その時間稼ぎ?に、
いくつもの壮絶な遭難救助体験、いや武勇伝!を順次紹介されておられる。
さらには、やってくる無謀登山者のことやら、小屋周りの日常の紹介、これがまた面白い。
全くネタが尽きることがなさそう。
その上、スタッフの個人情報なんぞお構いなし、何でもかんでもオープン、ここまでバラすか!

「劔御前小屋」火災焼失のエピソード「トイレ壺に脚突っ込み事件」は身につまされた。
私も4歳のときにポットントイレに落ちたのだ!洗ってくれた亡き母親に感謝、感謝。

そして、ズキンと心に沁みる話も、、、
毎年、雪渓、悪天候に左右されて極端に変動する開業期間、
ごく短期間のる日だけ、集中して定員の数倍も押し寄せる登山者を捌くご苦労。
いや開業すら出来ない年も、、、、苦しい小屋経営の内幕。
それでも「郷土、黒部」を愛する気持、そしてこの小屋の特殊な重要性、遭難救助、
やって来る登山者のために、、、、その使命感で小屋を維持しておられる。
そんなこと何も考えずにノーテンキに泊まりに来る登山者。本当に申しわけない。

佐々木泉氏は、地元富山のテレビの出演、各地講演と、タレント並の有力者、
いや有名人らしい。地元選挙に出れば絶対当選か?

コワモテのイメージと、ブログの話のギャップが大きすぎる。
これで決まった。「佐々木泉さんにお会いしてこよう」と。私はミーハーじじいなのである。

もう9月末だ、ルートの開通は真近い。開通したら超満員。
小屋に行くならその前でないと。
だが果たして77歳で、欅平からの水平歩道を小屋までたどりつけるのか?
あまたのブログでは「ビビる高度感、恐怖の桟道!」
いっぽう「どってことない健脚コースだ」とマチマチ。どっちが本当なのか?

高度恐怖症は昨夏、体験スカイダイビングと体験パラグライダーやって克服済、
死に場所捜しの無謀ジジイだもんね。真っ暗で長い手掘りトンネルがあるって? 
これは面白い。私は房総の「川回しトンネル探検隊」である。

ガイドブックでは6時間。だが小屋にデンワすると「7時間以上かかる」と?
ウーン足元みられた。高齢者のコースタイムか。
「房総丘陵」のヤブを踏破してる私なら、そのくらいなら何とかなるはず。

秋雨前線の合間、晴天予報のピンポイントを狙って出発。
千葉から宇奈月へ片道500kmの徹夜単独ドライブ、仮眠はたった1時間。
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ナンダこれは! 「撮り鉄」垂涎のトロッコ電車が現役だ。
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地元出身の「室井滋ちゃん」の観光ナレーションが大音量でガンガン流れる。
なにしろ走り出すとゴトンゴトン、レールのキシミ、風音で、大声でも話が出来ないからだ。
体を乗り出したら落っこちる!シートベルト無し。時速20km/hくらい?癒しのスピード。

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かれこれ1時間かかって終点、欅平駅へ。室井チャンのおかげで眠れなかった。


考えたら終点までにはトロッコ電車以外、交通手段が無い。!
ということは欅平にはパトカーも救急車も来れないということ。
雪国だったらそんなことは当たり前なのだろうが、大変なことだ。
そのトロッコ電車も、冬は雪崩対策で架線まで外して閉鎖!

欅平の温泉施設は冬は閉鎖、無人?孤立?
いや、雪崩除けの作業員専用のコンクリ穴点検通路が延々、線路沿いにある。
厳冬期は、この中を腰を屈めながら徒歩で宇奈月から欅平まで往復する?!

睡眠不足のまま、駅前トイレ脇の登り口を9時半ごろスタート、一気に330mの階段上り。
無謀な弾丸登山だあああ。
水平歩道だっつーのに、なんでこんなに登らなければいけないのか?

その理由は、、、、私の推測です。
(1)国交省の地形図を見ると、登っている水平歩道の山腹の中には「関西電力黒部専用鉄道」
  と書かれトロッコ線、発電所の導水管など、何本ものトンネルが掘られている。
  ずっと水平歩道と並行してる。ただしトンネルは水へ歩道の100mくらい低いところにあるらしい。
  そして最終的には黒四ダムまで通じてる!
(2)さて戦前のダム設計者は、先ず上流の仙人ダムを起点にトロッコ電車のために
   ほとんど水平にトンネルの標高を決めた。勾配があるとトロッコが滑って登れないから?
   断崖の歩道も、歩荷さんの負担を減らすべく、全くの水平、つまり等高線沿いに掘った。

(3)さて、欅平までトンネル線を引いてみたら、、、、当然、谷底まで降りれない。
(4)仕方なく、その落差に「立坑」を掘った。
   その立坑に、トロッコ電車ごと谷間の欅平から上げられる巨大エレベーターを作った!

(5)敗戦直後、更に上流の黒四ダムを作ろうとしたら、、、
   あれれ、トンネル勾配がスゴクきつくないと到達しない!
   仕方なく中間に、トロッコごと台車に乗せて引き上げる
   世にも不思議な「インクライン」と呼ぼれる巨大ケーブルカーを作っちまった?!

なお京都の琵琶湖疎水にも文化遺産として「船ごと乗せる」インクラインが残されてます。
どれも私は見てないので真相は分かりません、すべてヨタ話です。
いえ、ここは抽選で公開してるらしい?行ってみたい!
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ダム本体、送電線以外の発電所などの、ほとんどの巨大設備は地中深くにある。
外からは全く見えない、分からない。そうしなければ豪雪、雪崩で壊されてしまうから。

送電線は水平歩道の上にある。だからいつも送電線が見える。
送電塔は雪崩でやられないのか?
水平歩道は、送電線の点検道として生きている。

これらは戦中、戦後の早い時期に電源開発事業として完成した。
黒部峡谷全体が、まさしく壮大な近代工業遺産なのである。

この単線トンネルはダム事業者の作業用。山での遭難、事故があればその搬送にも使われる。
それを観光用に開放する動きがある?途中、高熱隧道、手掘りのままのところもある。
腐食や崩壊切断が怖いので架線が張れない。だからバッテリーカーだという。
バッテリーが上がったらどうするの?崩落や火災事故が起きたらどうやって逃げるの?
そんなところを一般開放するなんて、、、、コワイ。
事故になったら真暗闇のトンネル、階段を何キロも歩かなければならない!

途中の見晴らし台横に、進入禁止の「謎のエレベーター入口」への道があった。
つまりここが立坑の上。
すでに一般開放として公募ツアーで使われてるらしい。
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フーフー言いながら到達した水平歩道は、謎のエレベーター上の入口から
さらに100mくらい標高が高い。絶壁に掘り込まれた狭い道、丸太桟道の連続。
950m等高線を忠実にたどる、文字通りの水平だ。
谷側の大半はヤブに覆われてるとはいえ、全て断崖のヘリ。
八海山の中学生150m転落事故だってヤブに隠れた絶壁道を踏み外したのだ。
事実、私が通った1ケ月後に、1人の登山者が転落死した! 油断大敵。
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水平歩道とはいえ、路面は鏡のように水平なわけはない!一級の山道だ。
ゴツゴツの尖った岩だらけ、簡単によろける、足首をくじく。
必ず壁に張られた番線を掴んで進もう。
振り返るとザックが当たる。これがいちばんアブナイ。

たまに高度感のある開けた岩場を通過。
ここで何十キロもの資材を背負った歩荷の人々が何十人も命を落としたという。
信じられない、体を酷使した、過酷で危険きわまりない仕事だ。

延々10kmの水平歩道、行けども行けども対岸の大岩壁の風景が変わらない。
そりゃそうだ、全ての枝沢を正確に等高線に従って回り込む。遠回りもはなはだしい。
行って戻って、行って戻って、、、、、
ヨットでいうところのタッキング(風上へ45度でジグザグ帆走する)状態だ。
あ、知らない?それは失礼しました。

シュリンゲとカラビナで壁の番線にセルフビレイしながら、写真を撮りまくって、ノンビリ進んだ。
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ときどき今にも崩れそうな岩場下を抜ける。番線のアンカーボルトも打ち込めないらしい。
フィックスロープがはるか上から何本もブラ下がっている。落石を排除する作業用だ。
落石はいつ起こるか分からい。このルートはヘルメット必携です!
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ようやく短いトンネルを2つほど抜けた。
次は志合谷の名物、長く屈曲した真っ暗なトンネル、中を小川が流れてる。
予想通り、これが面白かった。何度も天井へ頭をぶつけた、ヘルメットかぶっててよかった。
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最後は折尾谷の名物、堰堤掘り抜きトンネル。
もう阿曾原小屋は近くだと思ったら、、、
アレ、道標ではあと4.3km?なんと2/3 しか踏破してないではないか!
4時までに小屋へたどり着けない。ノンビリし過ぎた。
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必死で歩いて、ようやく下に小屋が見えてからがまた長い。
デカイ雄猿と鉢合わせ! 「しょうがねえなあ」と道を譲ってくれた。
小屋までは岩だらけの涸れ沢の急降下、もう足はヨレヨレ。弾丸登山のツケが回ってきた。

暗くなり始めた4時半過ぎ、ようやくたどり付いた目的地、阿曾原温泉小屋。
「男の風呂時間はあと30分、入ってこい」の声!(佐々木泉さんだと思う)
そのままヨタヨタと更に5分下って、露天風呂へ飛び込んで生き返ったのだった。

風呂を出たらまた5分登って、チェックイン。可愛くて優しい「蕎麦屋のお嬢ちゃん」(だと思う)が、
「77歳」と書いたら、「お若いですね」。 年寄りはこんなところまで来ないということ?
それとも、もっと年寄りが来るのか?
いや、「77歳にしては若いですね」ということにしておこう。

「明日の食事は何時?弁当は?」、、迷ってたら奥から「弁当ありだよー」と仕切る声、
「ナニワのおかんさん」(だと思う)
ゴメンナサイ。恥ずかしくて、皆さんにはとうとう最後までご挨拶できなかった。

夕食は畳の食堂で、私は背骨の故障があって、もともと座ることもアグラも出来ない。
靴下もうまく履けない。立膝で頑張るしかない。

ここで小屋のご主人、佐々木泉さんとご対面。アレ?なんかイメージが違う。
巨漢、声がデカイ!豪放磊落、面倒見が良い、明るくて楽しい方だ!
お酒好きなロマンスグレー(古いか?)、、、機動隊員か?なんて言って御免なさい。
でも叱る時は叱るだろーな?コワイだろーな。

蕎麦屋のお嬢さんは「椅子持ってきましょうか?」と親切だし。

食後はビデオタイム、ウーン、春のプレハブ小屋組立て、秋の分解撤収作業。
人海戦術、体力勝負、維持していくのはホント、大変なことだ。ご苦労様です。
これも人望のある佐々木泉さんがあってのこと、
水平歩道を歩いて10kmもの山奥まで手伝う人手が集まるのだ。

スタッフさんともども、落ちたら助からない断崖絶壁での高所作業、雲切新道の開拓
もやったという。何十キロもの丸太の搬送、桟道、橋、ハシゴの設置。全て人の力だけ!
しかも完成しても1ケ月でシーズンは終わり。来年には雪崩で大半が粉砕されてるというのに。
当日、小屋には不在だったけど、スタッフさんはヒマラヤ経験者のクライマー揃い。
その作業現場を放映すべく、今週もテレビクルーが入っていたそうだ。

古いフイルムCDも見せていただいた。  昭和29年版「峻険、黒部十字峡」
冠松次郎に啓発されて、地元案内人を雇っての大学生の殿様登山。
戦後間もないのに、山登りして遊んでた「良いとこ坊ちゃん」がいたのだ。

皆な、早めに爆睡。明くる朝、起きたらもう皆な出発。佐々木泉さんも外で見送ってくれる。
ここで私のザックの背中に佐々木さんのサインをねだる!ミーハーじじいだもんね。

2組夫婦と最後組となって8時過ぎ下山開始。といっても朝一番の急登!ツライ。
水平歩道に上がればあとはずっと平坦10km。今日はカメラを封印して歩くことに専念。
だが昨日の疲れが取れてない。1組の夫婦は遅れてきた。私も脂汗、心臓ドキドキ、
過呼吸、、、慎重にマイペース、安全第一。

途中で小屋に常駐していた警備隊員の方に追い越された。
片肩ザックのまま、飛ぶように歩いて行った。

ハシゴを撮影していた役所の方らしい2人連れと出会った。
いよいよ下の廊下の開通検査が始まったらしい。
2時過ぎにようやく欅平への急降下。
こんな調子では下の廊下(旧日電歩道)が全通しても挑戦はムリだなあ。残念。

帰路のトロッコでは沿線で出会う作業員の方々が必ず手を振ってサヨナラしてくれた!感涙!

さて帰宅してから、その後の佐々木泉さんのブログを拝見してたら、、、、、
「92歳登山者の強制救援」とか、
「巨漢、小錦風、ノロノロガイジンが5泊のビバークで突破」とか、
「開通前なのにやってきた文無しピアスの若者」とか、
「制止を聞かずに突破してきた77才ジジイ」とか、(私ではない!)
お騒がせ登山者が次々と登場。
小屋主さんも、スタッフさんも、常駐警備隊員とともに日々、こういう連中に
振り回されてるのだ。

ここでお困らせ高齢登山者について説明しておこう。
77歳はアルツハイマー認知症の入口である!もう、脳は委縮が始まってる。
個人差はあるが例外はない。私が言うのだから確かだ。
運転免許返上の境界線にいるのだ。

だからトンチンカンなことを平気で言うとか、言うこと聞かないとか、やりたいほうだいとか、
我儘いっぱいとか、「老人は頑固なものだ」と言われていたが、そうではない。
子供返り現象である!! 
いくら体力自慢、健康寿命自慢の高齢者でも、アタマはもう追いついていない!
悲しい現実。

今夏、私が出会った78歳、80歳の登山者、いずれも周囲に迷惑かけて平気だった。
しかも自分自身がそれに気がついていない。私も怪しくなってる。
もう山小屋も介護センターである?!そういう時代になったのです。

オシマイ





















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プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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