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昔の四駆のおはなし

この写真は本文とは関係ありません。
謎の軽トラ!!   「SANYO Jトラ 4WD 600」と読めた。見たことない!!
岩井の「不入斗山」へ行って、廃道を急降下。降り立ったら農家の庭!
猛犬に吠えられて。ほうほうのていで逃げて出てきた林道にあり。
知ってる人、教えてください!!
DSC05264.jpg



私が入社した50年前、会社の図書室には、アメリカの雑誌「Four Wheel Drive」が毎号あった。
かぶりつくように苦手な英文を追った。
軍から払い下げられたジープを駆って、退役軍人達が砂漠を突っ走り、
岩山を登ってる写真がたくさんあった。。
そういうオフロード・レジャーが、現在の四駆の原点となったのだ。

SUVが騒がれ始めたのは30年くらい前だったかなあ。
タウンユースの四駆?ラグジュアリージ・カー?ナニソレ?
腰高の4WDのシャシーに乗用車ボデイを乗っけたような、
そう、「屋上屋を重ねている」ような、なんかよく分からないクルマだ。
やたら背の高いベンツ、やたら背の高いBMWとすれ違う!なんなんだ、あれは?
滑稽としか言いようがない。

しかも低く見せるためにか?汚れや石はね傷を目立たなくするためか?
サイドシル(下部)だけをベルト状に黒くしてある。目くらましカラーリングだ。
林道を本気で走るにはデカすぎる。

私が入社した直後は、けっこう四駆の仕事が多かった。その1つが「4W73型」だった。
ズバリ、戦時中のアメリカ軍のウエポン・キャリアー、武器輸送トラック。
「ノルマンジー上陸作戦」の映画に出てくるヤツだ。
ダッジ社からのノックダウンだか、ライセンス生産だか、忘れた。

4W73の、4Wはすなわち四駆、
1の小型乗用車から始まって、2が小型トラック、3.4.と大きくなる。
だから、7は中型トラックを意味する。
最後の3は、3回マイナーチェンジしたからだろう。

自衛隊とか、インドとか、タイとか、東南アジアの軍需輸出が多かった。
国内向けのブランドネームは「ニッサン・キャリヤー」だったような?
系列メーカーが製造してたので、実物は設計部には来なかった。
部品の軍用色のオリーブカラーとか、灯火管制用の小窓でカバーされた
ランプ類が珍しかった。
今でもインド陸軍では現役らしい!

私は、5歳の敗戦直後、第二京浜国道を、昼間なのに、このウエポン・キャリヤーが、
ヘッドランプ点けっぱなしで、隊列組んでゴーゴーと東京へ向かっていったのを見物していた。
その中に、スクリューが付いた水陸両用車が多数混じっていた!
もし、日本上陸作戦があったら、日本人は竹槍で戦ったのか?

あ、業界では英国風に「ヘッドランプ」と呼ぶのだ!ランプの温泉小屋?
「ヘッドライト」はアメリカ英語だ。
ついでにフラッシャーとか、ウインカーというのもアメリカの俗語である。
正統には「ターンシグナルランプ」である。ズバリ、方向指示器だ!
ヨーロッパの法規がそうなってるから仕方がない。

今の日本の英語教育は「アメリカ英語」一辺倒!  とても聞き取りにくい。
我々の世代は「クイーンズ・イングリッシュ」だ。
そう、スペル通りのローマ字の棒読み。
ヨーロッパ人には、この英国風カタコト英語で十分通用する!
ヘタにアメリカ英語風に発音すると訂正される!!
アメリカ英語というのは、大阪弁みたいなものらしい。
何でもかんでもアメリカナイズというのはおかしい!
ドイツ人には「ホイール」と言っても通じない。「ウイール」という。ドイツ訛り?

欧州では、カーとも言わない、オートモビルとも言わない。Vehicle、ビークルである。
モーターカーと言うガイジンもいたけど。
ちなみにオートバイも通じない、モーターサイクルである。メンドクサイ。
ハンドル?いえ、ステアリング ホイールなのだ。
フェンダーオープニングのクロームカバーはフィレット?フイレ?
「上等な牛肉か!」と笑われた。

もう1つの四駆が「60型」だ。6だから「4W73型」より小さい。
「ニッサン・パトロール」である。ジープ型ではあるがサイズは大きい。
スタイリングはランドローバーに似ている。
こっちは国内の電源開発会社も買ってくれた。

ところが、、、エンジンもバカでかい!
なにしろ生産中止直前の大型トラックの「P型直6、ガソリンエンジン」なのだから。
中東のある王国が「テストで勝ったら大量契約してやろう」と。
砂漠でランドローバーと400m競争、見事に勝利!そりゃそうだ。
馬力がありすぎる。ものすごく燃料食う、中東だからいいけど。

その頃は毎日、工場と同じ敷地だから、設計といえども8時出勤!
4時終業!仕事なし、残業なし。大争議の後遺症だな。
ノンビリしてた。夏は日の高いうちに家路へ。
女子高生と同じバスに乗るのが恥ずかしい、ビアホールへ寄って時間調整。

秋は全社で大運動会!新入社員は民謡踊りの特訓が強制された!
社会人野球に力を入れてたので、読売巨人軍の選手がゲスト招待されてた。

ここで例のK会長の甥っ子、旧陸軍技術将校だったアイデアマン、若きT課長の出番が。
何をするのか?当日まで極秘だったが、この「60型」の用済み車が2台、調達された。
当日までテストコースで特訓したそうな。

社員の家族も総参加の当日、昼飯時の無人のグラウンドに「パトロール」が2台出現。
いや、正しくは真ん中をブッタ切って溶接した、「前後とも前半分」の1台のパトロールだ!
つまり「4輪操舵車」!  一方のエンジンは外してある。無人運転?
パトロール四輪操舵

拡声器からワルツが流れると、それに合わせて無人の「60型」が左右へ平行移動?!
前後が同時に同じ回転方向にハンドル切ればそうなる理屈。
ゴーストップ、、ジグザグ、超小さい円弧回転!見事にワルツを踊った!
四輪駆動のワルツ



聞けば、ドライバー2人はフロアーに隠れて、無線指示でハンドル操縦してたそうだ。
ドライバーはN氏とM氏?どっちも豪州ラリーを勝ち抜いたベテラン、
命知らずのドライバーだもんね。

「60型」は、ほとんどマイナーチェンジもしないで、長いこと少数生産された。
だから消防車に架装されて、全国の消防団に送られた。
ごく最近まで、ウチの集落の消防団車庫で存命してた。

ところが、、、オフロード四駆ブームが到来!
ライバル他社は一斉にジープ型の開発、販売に乗り出した。
だが、「60型」は個人が持つにはデカすぎる。

仕方なく、ダットサントラックをベースにしてアメリカでデザインした「テラノ」を投入。
「ブリスターフェンダー」が好評でけっこうヒットした。
フェンダーを膨らましただけでヒットするとは、、、、どうゆこと?
クルマというものが、いかにスタイリングで売れるという見本である。
これ以降、四駆のスタイリングは、いかにデッカク、押出しをよく見せる派手、派手な
スタイリングに転向した。テラノなんて、後から見ればカワイイもんだ。

しかし、テラノより大きいサイズの切り札がない。
そこで「60型」をダウンサイズした四駆ニューモデルが計画された。

ところが、、、
設計部内の派閥抗争で返り咲いて、常務に昇格した「ヒットラー」からはゴーサインが出ない。
このままでは他社に出遅れる!というか、もう出遅れていた。
「やるなら最小限の変更で」というのがヒットラー常務の命令。
「60型」はリーフスプリング・サスペンションという、戦中のジープと同じ骨董品!
他社はもう、コイルスプリングのロングストローク・サスばかり。
これでは負けは見えている。どうする?

若手エリート将校が3人集まって、サスの大変更を「ヒットラー」へ直訴を画策!
だが怒りに触れたら、、、全員飛ばされる!
覚悟を決めて直訴に及んだ結果、「仕方ないな」と許可が出た。ヨカッタ!
この結果、遅まきながらコイルスプリングサスの「サファリ」が誕生したというわけ。
その若手将校の1人、U氏は、モーレツ管理職のストレスとヘビースモーキングが原因で、
数年後、40代で肺ガンで亡くなられた。

めでたく2代目「サファリ」として発売開始。
ショートホイールベースで、なかなかカッコ良かった。
だがちょっとデカ過ぎたので、国内での売れ行きはいまいち。

このクルマをヨーロッパ・マーケットに投入するため、西ドイツの試験機関
「TUV ケルン」を日本に招聘してテストを受けた。
当時はまだ東西ドイツ冷戦のままだ!

でかいヒゲ面のテスト官が自らハンドル握ってテストコースを走る。
スキッドパッド(円形のコンクリート平面)で旋回テスト。
段々スピードを上げていったら、、、、オットトト、コロンと横転!!!
テスト官は苦笑いで這い出してきて無事だったが。テスト新車はポンコツになった。
「TUV」は後日、ちゃんと弁償してくれた。

あまり知られていないことだが、四駆のように背が高くてタイアがでかいクルマというのは
簡単に転倒する!タイアのグリップが負ける前に、遠心力が勝つからだが。
こういうことを四駆ユーザーにPRしてないのは問題だと思う。

重心の低いスポーツカーや乗用車は、旋回してスピードを上げていっても、
アクセルペダルを踏み込んでいる限りでは、最後はコースアウトするかスピンに
入るだけで、めったに転倒しない。タイアのグリップ力が最初に負けて滑り出すからだ。

ただし、舗装路面を外れて草地に突っ込むと、タイアを取られて簡単に転倒モードに入る。
それと旋回中にアクセルを急に緩めても、タイアのグリップがいきなり回復するので
転倒しやすい。

「4W73型」が生産廃止となって永い年月が経った。
ある日、またまた国粋主義のK会長から命令が。
「自衛隊の兵器輸送車に入札せよ」 オット、自衛隊は軍隊ではないけどなあ。

ところが悲劇の中型トラック「C80型」は戦線離脱、廃盤となってる。
ライバル他社は、キャブオーバーの中型トラックが現役で健在。
これを四駆仕様にグレードアップ改造するだけで入札OK。

だが、「当社には該当車種がありませーん」なんて国粋主義には通用しない。
とにかく古い残存図面、既成部品を集めてゼロからレイアウトするしかない。
さすがにもう、セミキャブオーバーではない。フル・キャブオーバーの時代だ。
プロジェクト名は、、、「M2型」だったかなあ? Mはミリタリーだろうが。

突貫工事で作った試作車をブッツケ本番で富士演習場へ搬入。
1週間後に自衛隊のテスト結果が出る。

そしたら「崖から落ちた」との一報!  ヤバイ!
ステアリング系が折れて操舵不能になったらしい。隊員は無事か?補償は?
自衛隊からは「そういう心配はしなくてよい!」だと。
さずが兵隊さん、命知らずか?人命軽視か?

とにかく壊れる、こわれる。ステアリング、ドライブシャフト、ブレーキドラム、ハブボルト、、
一体どうなってるんだ?無茶苦茶な運転なのか?でもライバルだって同じ条件だし。

クルマをゼロから作るということは、こういう生みの苦しみが当然ある。
延々、1年間の比較テストの結果、とうとう入札は敗北に終わった。
というか開発期間が短かすぎる。負けは初めから見えていた。

軍用トラックを専用に作るというのはムダではないのか?
市販車を改造すればいいと思う。部品の補給、原価を考えていないのかなあ?

ひと頃、四駆にはカンガルー・バンパーとか、サファリ・バンパーというのが流行った。
カンガルーも、象もいない日本で?
あのバンパーは単体でかつぐと、とても重い。
ステンレスパイプで出来てるから値段も高い。
燃費、ネンピと騒ぎながら、ムダなアクセサリーを付けてる。
コマーシャリズムに騙されるな。主体性を持て!

おわり。







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房総 富津市 小山野城址

「小山野城址、おやまの城址」で検索すると、探検に失敗?した城跡マニアの
ブログしか出てこない。

超ミニサイズの城跡?であること、および東電の高圧鉄塔巡視路になってるので、
稜線ルートはヤブは刈られており、、全く苦労することなく登れるのだが、、、
北の入口に、ゲートと、立ち入り禁止の看板があることが原因なのだ。

車止めゲートは、脇の隙間から歩行者が入るのは許されています。
ゲートは不法投棄目的で侵入するクルマを防ぐためなのだ。
立ち入り禁止の看板も、ダム周回散歩道から迷い込まないためと、
山菜やタケノコを採掘する連中への警告用なのだ。
火気を使わず、山菜を採らずに入る分には構わない、、、、と思う。

中間地点に岩富観音がある。賽銭泥棒とか、仏像泥棒とか、最近は
トンデモない奴らが、のどかな田舎にまで出没して、地元を困らせてる。
そういうヤツには天罰が下るぞ!呪いがかかるぞ!許せぬ!

これが案内図です。
小山野城址入口
北の入口は郡ダムの周回路(管理道路、散歩コース)の西端の車止めゲート。
ここには1台程度の駐車スペースしかない。少し北上すれば広い芝生公園、駐車場と
バイオトイレあり。

ゲートの脇から歩いて入る。舗装が切れて緩い登り坂が終わると南北の分岐点あり。
南方向には「散歩ルートではないので立ち入り禁止」とあるが、かまわず右折南下する。

崩壊したところもあるが固定ロープあり。
300mくらい急登すると、立木にテープがやたら巻かれたところがあるので見逃さないこと。
右手(西)に丸太階段が残ってるのでここを上ると広い平坦台地に出る。
ここが「本丸跡」らしい?どなたかがきれいに刈払いされてる。
この広場の北側に段々地形があるらしいが、立木とヤブで目視できない。

稜線ルートに戻ってさらに南下。高圧鉄塔と、旧道トンネルの上を通過。
さらに鉄塔を通過すれば、その下は国道127号線「小山野トンネル」の真上になる。

そこから300m南下すると「岩富観音」にぶつかる。
ここは奈良時代の創建だったが、空襲で焼失!
多分、アメリカ軍は、空襲の監視所と考えて粉砕したのだろう。
目立つ山頂とはいえ、B-29 の焼夷弾が命中したとは思えない。
ピンポイントの目標だから、戦闘機の機関砲掃射でやられたのかも?

本堂は新建材の建屋で無人、7番札所になってる。
岩見堂仮本堂

残念ながら現存してるのは仁王門だけ。2体の仁王様は修復待ちでカバーされてる。
岩見堂修復中の仁王門

だがそれ以外にも、神社、お寺、祠、お墓、石塔、建物跡地の台地が巨岩を背に点在してる。
石塔軍

岩も堂内神社
迷路のような段差があり、この地形そのものが城跡?みたいに見えてくる。

岩富観音の横手の深い切通しを抜けて南に下る。巨木が巨岩を抱えて見事である。
南切通し

さらに南へ下る。道は部分的にどんどん太くなって、軽トラなら走れそう。
ところどころに切通し、堀切がある。これも城址かなあ?
堀切?

300mくらい進むとY字分岐になる。北へ登るところに小さな石仏あり。
分岐石仏

そっちへ寄り道しよう。200mくらい北へ登る。ここはヤブが刈られてはいない。
行き止まりに小高い平坦台地へ出る。ここは物見台か?狼煙台かな?

石仏の分岐に戻って、さらに南下すると、200mで館山道の上の行き止まりの橋上に飛び出す。
行き止まり橋
その先も歩けるがヤブ、倒木あり、ここで終わりとしたい。
南側から北上してこのルートに入るなら、この館山道の側道から橋上に登るのだが、
駐車スペースが1台ギリギリしか無い。

ルート途中にはいくつも分岐はあるが、すべて里道、民家の畑へ降りる。
稜線を外さぬように南北に貫通すれば迷うことはない。

もう一つの方法は、中間点の岩富観音へ直接登るルートである。
国道127号線を君津から南下、小野山トンネルを抜けてすぐの信号機を左折、
そこの左手に岩富観音の表示ゲートあり。駐車は信号の角に空き地あり。
岩見堂ゲート

ゲートは横の隙間を歩いて抜ける。
展望の良い舗装路の急登でたちまち岩富観音へショートカット!

あと、問題は、どこが城址なのか?なのだが、、、、この尾根全体が城址だと思えば納得する。
ヒマな人は「段々地形」を探してください。

オワリ

ミニバンの昔話

今回は、そんな昔の話ではないのだが、、、
でも、もうかれこれ30年前のことになってしまったなあ。

カルロス・ゴーン君が来る直前の、倒産寸前の親会社が中堅層を
200人規模でリストラ、要するに子会社へ押し付けるだけ。
私も、名古屋の子会社へ飛ばされた。
そこには既に以前からの出向、転出組が10人以上居た。
社長も親会社から来ている。「優秀な?人材」を押し付けられる小会社も大変だが、
表立って文句は言えない。

オレには大した仕事もない、窓際族だ。やりたい仕事さがして方々に首突っ込んだ。
結果、一度ならずも「私の仕事に首突っ込まないでください」と言われたりして。

その子会社は親会社から「ワンボックス車」の開発設計、製造を任されていた。
だがここもいずれカルロス・ゴーン君によって閉鎖、解散されたのだが。

実は、ここは名古屋では戦前からの由緒ある会社なのだ。
戦中は戦闘機の開発、製造してた!だがGHQに財閥解体。

戦後は3輪自動車や軽自動車を自力開発、生産した。
特徴的なのは、どの軽も空冷水平対向エンジンンを運転席シート下に配置。
このレイアウトを全く変えずに、ボンネット型軽バンとピックアップ、
さらにはフル・キャブオーバー型の軽トラックまで作った。器用なもんだ。
軽のアンダーフロアーエンジン
アンンダーシートエンジンの軽ピックアップ
最後に何を考えたのか、軽より小さな超ミニなピックアップを発表した!
スタイリングも当時のレベルから考えると超モダンだった。「メッサーシュミット」を
参考車として購入、研究してたそうだから、「キャビンスクーター」の4輪版を
作るつもりだったらしいが、もうその時代は過ぎていた。

小さすぎるタイアサイズで、当時の道路不良では耐久性が乏しく、たちまち撤退!
売れ残り在庫は社員に安く分譲したそうな。
それでも余って、遊園地のゴーカートにも流用された!
アンンダシトエンジンのキャブオーバー軽トラック

結局、ここまで、、、そして営業不振となった!なんで?
そう、ライバル社があまりに高性能な軽セダンを作ってしまったのだ。
それは、オースチンミニをコピーした、バイクの高性能エンジンを乗せたFFだ!
馬力も耐久性も、とても太刀打ちできない。
全国展開していた販売店網を、もう維持できなくなった。

そんなわけで、今の親会社の傘下に入ったというわけ。
持っていた販売店網は、親会社の小型モデルの販売を分担したことで生き残った。
そして次には、小型ピックアップの製造委託を受けた。
さらに、そのピックアップをベースにした「セミ・キャブオーバー」の小型商用車の、
車体の開発設計、生産を任された。

セミ・キャブオーバーというのは、エンジンは運転席下にあるので、高いところに座る。
だが前輪だけはずっと前にあるので、ペダルの足元が狭い。
結果、荷台長さがその分、短い。ナンデこうしたのか?
これは前後輪の加重配分をなるべく均等にすることが目的た。
そうすることで操縦安定性、ブレーキ安定性が「普通のクルマ」になるのだ。
セミ・キャブオーバーの商用車

当時、親会社が作っていた中型トラックも、セミキャブオーバーだった。
「セミ・キャブオーバー」は、親会社の「ヒットラー部長」の強い「こだわり」だったのだ!
セミ・キャブオーバー中型トラック
実はこの中型トラックは、別な事件で、いずれマーケットから撤退したのだが。
そのわけは、、、

1.整備性不良だった!!
 中、大型トラックのマーケットでは、重整備、例えばエンジンを降ろす、エンジンを
 分解するという仕事が頻繁に起きる。それほどエンジンを酷使する。
 だがこの中型トラックのエンジンは、半分、荷台の下にもぐっている上に、
 キャビンは完全に固定されている。整備の度にキャビンを分解するしかない?!
 そんなバカな!
 ボンネットトラックならフードを開けて、すぐにエンジン降ろしを開始できる。
 それが出来ないのだ。
 だから短命で終わったのは当然と言えば当然、悲劇の中型トラックなのである。
 今の中型、大型キャブオーバートラックは、キャビン全体が一体となってチルト
 (前方に起き上がる)構造になっている。つまり一瞬でエンジン全体が現れる。
 こうでなくてはトラックマーケットでは生き残れない。

2.搭載したデイーゼルエンジンの焼き付き、ヘッド歪み多発!!
 これはエンジン自体の問題なのか?オーバーヒートしたから起きたのか?
 全国的に多発した。
 多分、ウオーターポンプの吐出通路にエアポケットができる「アーチ」が
 あったのでは?そういう事件がいろんな車種で後年も多発した。
 
3.オーバーヒート多発!
とにかく登坂中にオーバーヒートが多発した。
トラックのラジエーターは「最高速設計」は適用できない。「登坂設計」だ。
速度が遅いからファンでしか冷却できない。
ファンのプーリー比を挙げて目いっぱいファン回転を上げた。
結果、箱根登坂テスト中に、鉄板ファンが遠心力に負けてチギれ飛んた!
破片がフロアーを突き破って顔を出した!幸い、人身事故にはならなかったが。
後年、すべてのクルマは軽量で遠心力が小さいプラスチックファンに切り替えられたが。

4。床下のラジエーターへ走行風が入らない!
大学の研究室から空力の研究者の支援を受け、床下の気流の改善を試みた。
実車風洞はまだ建設されていなかったので、「回流水槽」を作ってシュミレーションテスト。
平らな水槽に水流を循環させ、水面にアルミ粉を浮かせて可視化する。
クルマをセンターラインからハーフカット模型を水中に入れれば、
空気流をシュミレーションした画像が撮れる。

だが仮に、走行風が2倍になっても、冷却能力は2倍にはならない。
「2乗根比例」でしか効果は出ないのだから。
もともと登坂中は床下に風はほとんど通らない、全く無駄な努力だ。
そんなことは空力専門の大学の研究者は知らないのだろうか?

5、そもそも、ラジエーターが小さかった!
 というか、サイドメンバーの間にはまり込んでいるので、幅を拡大するスペースが無い。
 上はシート、下は最低地上高で抑えられてる。
 最初にボデイありき。その隙間にラジエーターを突っ込むだけ。そういうプロセスだった。

だれが、どの開発段階でラジエーター必要面積を決めるのだろうか?
エンジンの台上最高出力試験で、ラジエーターをくっつけて確認すれば
ファンだけでの必要なラジエーター面積は分かるはず。
だが実はそれはやられていなかった。
台上試験機には冷却水が水道から供給されていた!

計算事でも予測できる。開発エンジンは「熱勘定実験」をやる。
消費燃料熱量の何パーセントが馬力になるのか?
熱量が冷却水に逃げてしまうのは何パーセントか?
このデータでそのエンジンの燃焼効率が優れてるのかどうかを判定できる。
エンジンファンだけで冷やせるラジエーターのサイズは割り算すれば分かるのだ。

基本が間違っていたのだ。対策は完全にお手上げ。マーケットは怒り狂った。
大口法人ユーザー(コカコーラの配送車)は購入契約を拒否した、、、、
結局、早期退場。悲劇の中型トラックとして歴史に残った、、、、

おっと脱線した。
だからかどうか知らないが、オレが飛ばされてきたとき、もうセミ・キャブオーバーは
マーケットから駆逐されていた。

世の中の商用車は「フル・キャブオーバー」全盛だあああ!ナンデ?
理由は簡単、荷台長さを大きくできるからだ。
フル・キャビョーバーのワンボックス
だが、ヒットラー部長が恐れたように、フル・キャブオーバーには重大な欠点があった。
運転席下にエンジンがあることには変わりがないが、前輪もシート下に後退してる。
路面振動がモロにシートを突き上げる。そして前輪にかかる荷重が大きくなる。
そうなるとどうなるか?

荷物がゼロの空車状態で急ブレーキをかけると後輪荷重はゼロ!
簡単に後車輪がロック!こうなると尻振り状態に陥る。
下り坂の砂利道だったらどこへ飛んでいくかわからない。
必死でハンドルを切る、切りすぎて戻す、そうなりゃ蛇行運転だ!
後輪ロック!

これを対策する方法は、、、、後輪ブレーキ力を限りなくゼロにするのだ。ホント?
前輪だけでブレーキするようなもんだ。
この現象は、後年、後輪へ行くブレーキ油圧を空車時だけ制限するバルブが開発され、
解決することができたのだが。

もう1つ、最大積載状態では前輪荷重が大きくなる。ハンドルが重い!
コーナリングでは過大な横向き加速度が前輪にかかる。
これはパワステを付けるしかない。

私も長年、フル・キャブオーバー商用車バンを愛用してた。
つまり「ワンボックス」である。荷台にシートを並べて乗用にしてある。
ヤヤコシイのだがこれを「ワゴン」と呼ぶメーカーもいる。家族連れのレジャーには重宝。
単身赴任の往復での仮眠、車中泊のためにキャンピンカー代わりだ。
なにしろ名古屋から東京へは、大雨や雪の夜間運転を覚悟しなけえばならない。
長距離夜間運転の往復は辛かった。今でも夢に出る。
一番怖かったのは正面衝突だ、なにしろ目の間に何も無い。事故ったら絶対死ぬ!

ワンボックスは便利なのだが、、、、フロアーが高い。
ステップ頼りに、グリップ頼りに、よっこらしょとシートによじ登る。
なんせ商用車だからね。位置が高いのでコーナリングのたびに体が左右に振られる。
高速での安定が悪い。側面積が大きいので横風に振られる。空気抵抗が大きい、
デカイから燃費が悪い。床下のエンジンがウルサイ。路面振動がモロにシートに来る。
エンジンの点検整備がめんどくさい。シートを持ち上げなければならないからだ。
時々、オーバーヒートしたことがあった!ナンデ?
知らぬ間に、床下のラジエーターに新聞紙とかビニールが引っかかってるのだ!

ところが、オレが子会社に来たまさしくそのとき、、、、、
再び「セミ・キャブオーバー」の復活が始まっていたのだ???!なんで? 
もしかしたら「ヒトラー部長」の亡霊か?
時代錯誤もはなはだしい。
今度はこれを「ミッドシップエンジン」と呼んでいたが、
F-1じゃあるまいし、チト苦しいよね。
ミッドシップ・エンジンのワンボックス

このクルマのレイアウトはいろいろな問題をはらんでいた。
1つはラジエーターをフロントエンドに移動して、モーターファン駆動としたこと。
   このことで冷却液の充填が難しい。 ウオーターホースがフロアーの下をくぐってる。
   ラジエーターキャップを満水にしても、エンジンは空洞!ヒーターコアも空洞!
   知らずに走ったら焼き付く!
   何度もエンジンから、ヒーターコアからのエア抜き充填が必要なのだ。
   そう、まるでF-1レーサー並みだ。
   このことを整備工場、ユーザーに徹底できるのか?

2つ目はエンジンファンを廃止したこと。
   エンジンファンは、ラジエーターを冷やしてるだけではない!
   エンジンルームの熱気も排出するものなのだ。
   それを廃止したからエンジンルームは熱気ムンムン、ゴム部品がやられてしまう。
   「床下の気流は期待するな!」という中型トラックの悲劇が全く生かされてていない。
   シート下がホカホカ熱くなる!冬はいいけどね。

3つ目はミッドシップ特有の現象だ。
   前後輪の重量配分が定員乗車時に50%+50%になる。
   この状態でコーナリングすると、片両輪が上がってもドライバーは全然気がつかない!
   気がついたら転覆してる! 専門的には「ニュートラルステア」という現象だ。
   これもF-1レーサーと同じだ。でもユーザーはプロドライバーではない。アブナイ!
ニュートラルステア
   どうするか? こういう時には後輪タイアだけサイズアップ、太くするのだ。
   こうすると後輪が最後まで頑張ってくれる。転覆する以前にコースアウトしてくれる。
   専門的には「アンダーステアにする」というのだが。
   少数乗車時は前輪荷重が増えるので、安全サイドになる。

   でも買ったクルマの前後輪でタイアサイズが違う!
   そんなこと、ユーザーが許してくれるのか?
   多分、タイアローテーションするまで知らないだろう。そして怒るだろう!!
   
   F-1レーサーはメチャ駆動力が大きいので後輪タイアは元々でかい。
   しかも重心が低いので転覆などしない。
   FFやFRはフロントヘビーだ。だから自動的にアンダーステアーになってる。

   参考までに、、、、
   オーバーステアで困ってるクルマもある。
   リアヘビーなRR車だ。アメ車唯一のRRのシボレーコルベアは、
   かの有名なラルフ・ネーダーに攻撃されて、結局、1代で終焉した。
   
   オーバーステアを楽しむ命知らずもいる。
   無冠の帝王:スターリング・モスとか、 ラリードライバーとか、ドリフト野郎だ。
   クレージーな連中は逆ハンで粋がってる。

4.それでなくとも騒音、熱源であるエンジンを室内フロアー下中央に置くこと自体、
   時代遅れのレイアウトである。

実は当時、競合各社では別な「ミニバン」が既にヒットしてた!
一つはエンジンを横倒しした「床の低いアンダーフロアーエンジン車」だ。ウオークスルもできた。
ただし、エンジンの構成が特殊なのでバリエーションを増やすのが大変だろう。
倒立アンダーフロアーエンジン

2つ目は、乗用車のプラットフォームを利用、天井を高くして、ウオークスルができる
「床の低い、天井の高い、3列シートの、やたら長い「ステーションワゴン」だ!
ステーションワゴン
3つ目は、、、、軽自動車に「ミニサイズのミニバン」が出現していた。
それは軽セダンのプラットフォームを利用した「床の低い」可愛いいミニバンだ。
「ファミリー向けのレジャーカー、高齢者、奥様に優しい乗り降り容易な軽」という位置付けだった。
もちろん3列席もないし、ウオークスルーもできないが。
軽のミニバン

4つ目は、これもある国産メーカーの「ワゴン」だ。
実は、このクルマこそが「アメ車のミニバン」と全くレイアウトだったのだ!
FFで、フロアーがやたら低く、天井がやたら高く、荷台がやたら広い。
だが残念ながら、外観がまるで「宅急便バン」みたい。デカイ、地味!
ところがなぜかグングン売れていたのだ。

我が子会社の設計者は「あのダサイ車がなんで売れてるのか理解できない」と言う。
だが、ユーザーはちゃんとミニバンとは何か?を理解し始めていたのだ!
残念ながら、オレはこの車に乗ったことが無かった。

そんなことで、世の中は、「フロアの高い商用車派生ワンボックスじゃないもの」
を求めていたのだ。
そのことを、我が子会社、親会社とも、理解していなかったのが次の悲劇の始まりだった。

ある日オレは、古巣の親会社から「テストコース試乗会」にご招待された。
国産メーカー各社のワンボックスの乗り比べ大会かな?
そこには、、、、アメ車の本物「ミニバン」も並んでいた!
ミニバンといってもミニではない、アメ車だからデカイ。バンといっても商用車ではない。
ヤヤコシイ。キャンピングカーとか、モーターホームのベースになるクルマだ。
FFミニバン
これに試乗して愕然とした。「これだ!オレが欲しいクルマは」
エンジンはフロントエンドだから床下には無い。フロアーは乗用車並みに低い!
とても静か。運転しても安定性抜群、乗用車と互角の実力だ。
それでいてシート面は高いので、乗用車みたいに腰が痛くならない。
天井は高く、ウオークスルーができる。
ドアの上端も高いから乗り降りで乗用車みたいにアタマが当たらない。

オレが子会社に戻ってからこの感想をまとめて報告会を開いたときの反響は、、、、、

「じゃあ、ワンボックスをFFにしろとでもいうのか?」
「FFレジャーカーならば既に親会社の「ナントカ車」があるじゃないか!」
ウーン、この人は何も分かっちゃいないんだなあ、、、と思ったものだ。

この子会社の工場では長年、アンダーフロアエンジン車しか作ってこなかった。
FFを生産するには工場設備を大幅に変えなければならない。
アレルギー反応は大きい。

だが既に他社はミニバンに舵を切っていた。
小型車、普通車の「床の低いミニバン」がどんどん開発され、
ワンボックスカーを駆逐していった。
セダンすら絶滅危惧種に!あわてセダンもルーフを高くしたりした。
もっともこれは日本国内だけの現象だが。
かって、これほどのミニバン全盛を予測できた人はいなかったのだ。

この事態に対して「工場設備の切り替えなんて出来ない」と躊躇していたのだから
時代に取り残されるのが当たり前。
カルロス・ゴーン君がやってきて切り捨てられたのは偶然ではない。

開発部も工場も解散、閉鎖と決まった。社員はチリジリの悲劇。
そしてワンボックスの開発、生産は親会社に取り上げられた。
遅ればせながら、親会社が、「ミッドシップ・ワンボックス」を廃止して、
同じネーミングで「ミニバン風」?の、フロアが高いクルマを新規開発した。ナニソレ?
運転席のフロアは多少、低くなってるが、後席のフロアは、、、、
なんかワンボックス並みに高いままなのだ!これじゃ、意味なし。
ミニバン風?
それには理由があった。
日本ではミニバンといえども「3列シート」にしなければ売れない。
乗用車のプラットフォーム(フロア)を流用すると、後輪がフロアーから出っ張る。
3列シートが置けないのだ。仕方なく後席フロアーをワンボックス並みに高くするしかない。
なおかつ、4WD仕様も設定しなければならない事情もある。
オマケに高い床下はハイブリッド、電気自動車向けの絶好のバッテリー置き場になる!

そういう事情は他社も同様で、普通車クラスのミニバンは、またまたワンボックス並みに
フロアーが高くなって巨大化してしまった!ドアなんてアメ車よりデカイ!!
やりすぎだ、これでいいのか?
いくらハイブリッドで燃費がいいからといって、こんな重たい、でかいクルマは
日本には要らない。

アメ車と違って、日本車は車幅が1.7mくらいしかない。そのことを忘れている!
フロアーが低くないクルマは「ミニバン」ではない!!
クルマの安定性、安全性の原点は「低重心」だということを忘れている!

ちなみに3列席という制約のない軽自動車や小型車のミニバンは、今も「純血」のままだ。
フロアーはしっかり低い。ドアの上端は高い。一度乗ったらその便利さのとりこになる。
奥様方の選択は正しい!!

もっとも軽のミニバンの値段はハンパでなく高い。スゴイ装備が満載!
窓ガラスがやたらでかいので、さぞかし重たいだろう。
電車みたいで、運転してても全然面白くない。
だが、、、、、何度も乗り降りしても、長時間乗っても快適、ラクチンだ。

オワリ。















昔のクルマの技術レベル その6

言うのを忘れていたのでちょっと後戻りを。

その1

私が入社してすぐの朝、設計部の玄関前が騒がしい。
売り出して数か月したばかりのニューモデルを取り囲んで皆なが騒いでる。
マフラーが取り外されて地面に転がってる。
それを持ち上げると、、、、、タラタラと真っ黒なタール成分が流れ落ちてくる。

人の輪の中で仁王立ちしてるのは我が課の35歳、独身、設計部随一の若い課長だ。
敗戦で切腹し損じた元エリート技術将校。
第二組合を支援して第一組合を粉砕!ドロ沼の労働争議を終結させた実力者。
デカイ体躯、でかいギョロ目、デカイ声、大股に、ドッカン、ユサユサと歩き回る。
皆な、避けて歩く。噂では社長の甥っ子だと?

この課長のアイデアで、このマフラーの中身には「ガラス繊維」が詰められていた。
ガラス繊維、ガラスマットには高い吸音性がある。
サイレンサーとして軽量、小型に出来る。コストも安い。
バイクのあと付けサイレンサーなんかには使われていた。
だがクルマに採用したのは初めてだった。

ところが、、、、
数か月運転すると、排ガスのタール分がガラスマットに溜まってしまうのだ。
そう、ガラスマットが音ばかりではなくて、タールのフイルターにもなってるわけ。
サイレンサーなら取り換えればいいが、クルマではそうもいかない。

私は、このニューモデルのバリバリと軽快な排気音が好きだった。
だが、それはタールが詰まってマフラーが役をなさなくなってた音だったのかああ。
これじゃ、車検に通らないというわけだ。

結局、「拡張室」で区切られた普通のマフラーの内部構造に設計変更されてオシマイ。
そんなこと、なんで社内テストで気が付かなかったの?
いやいや、テストコースではドライバーが3交代で24時間、バンバン走りっぱなし。
エンジンは回りっぱなし。タールが溜まるヒマがなかったのだ!

いっぽう、一般ユーザーは、タクシーと言えどもクルマは休憩する。
朝、低温で始動する、ゆっくり走る、渋滞する、停車する、冷える、その繰り返し。
タールと水分がマフラー内に溜まる。
そういう条件をカーメーカーが確認しないまま発売になったというわけ。
ユーザーが第一発見者になってた時代の話である。

その2

わが社のニューモデルに対抗して、ライバル社もニューモデルをぶつけてきた!
この日も玄関前に買い付けられたそのクルマに人だかり。
見た瞬間に「コリャ負けた」と思った。ボンネット・フードが流れるように低いのだ!
なんで?
フロントバンパーに「クランクハンドルの穴」が無い!ナニソレ?
クランクハンドルとフロントバンパー

当時のクルマには必ずこの穴があった。バッテリーが上がるのが日常茶飯事、
そのときはバンパー穴からクランクハンドルを突っ込む。
そして自分の手でエンジンを回して始動するのだ。   そんなこと出来るの?

戦前のクルマならエンジンのコンプレッション(圧力)が小さい。
だから大の男ならなんとか回して始動できた。
だが、この時代ではさすがにムリだ。ましてや女性ドライバーには(失礼)
なのに、クランクハンドルの穴だけは前世紀の遺物として残っていた。
多分、タクシー業界の圧力だったのだろう。
タクシーがエンストして始動できなかったら、、、、食っていけないのだ。

それをライバル社が先駆けて廃止した!この衝撃は大きい。なぜか?
クランクハンドルはエンジンのクランクシャフトに直結される。
ということは、ラジエターはこの穴より下には配置出来ない。
ということは、、、ラジエターキャップをカバーしてるフード・ボンネットは下げられない。
だから、クランクハンドル穴を廃止したライバル車のフードは、見事に低いのだ。
クランクハンドルとラジエーター

次の世代から国産乗用車は全て、このバンパーの穴が廃止された。
ライバル社の決断は立派だった。今から思うとバカバカしい話だなあ。

ちなみに現代でも、小型ヨットのデイーゼルエンジンにはクランクハンドルが付いてます。
チョットしたコツを掴めばデイーゼルエンジンが始動できます。(女性はムリかな?)
なぜなら「リリーフバルブ」と言うのが付いてて、まずこれを開放してクランクを回す。
コンプレッションが抜けてるので何とか回る。
勢いがついたところでリリーフバルブを閉じる!エンジンが始動するというわけ。
ただし「ケッチン」(逆回転に跳ね返される)を食らわないように!ケガするよ。


おっと、実は当社の大型トラック(いずれ生産は中止されたが)にも「リリーフバルブ」が
付いていた。ただし名前は「デコンプ・レバー」と言う。デ・コンプレッションの意味だ。
これが大型デイーゼルエンジンのヘッドにくっついていて、
運転席までリンクを介して繋がってる。
運転手はこのレバーを引っ張ってからスターターモーターを回す。
グワングワンとエンジン回転に勢いがついたところでレバーを離す。エンジンが始動する。
ヨットと同じだ。それほどバッテリーの力が弱かったのだ。

このエンジンと室内までをつなぐデコンプ・レバーのリンクが複雑で長い、
コストが高い構造をしていた。
何故なら、振動してるエンジンと車体を繋ぐのだからそれを遮断するリンクが必要なのだ。

オレがこのトラックを担当したとき、そんなリンク要らんのでは?」と考えた。
いきなりエンジンヘッドのバルブリンクと室内レバーを一直線のパイプで接続してしまった!
それで何が起きたか?室内のレバーがいつもブルブル震えてただけ。
機能にはまったく変わりなし。
どうせプロドライバーが運転んするのだ。細かいことは気にしまい。

何年かして、はるばる鹿児島の販売店まで乗用車のクレーム調査に出張させられた。
販売店は忙しくて人出が足りなかった。
間を持たせるべく、トラック販売専門の常務さんが世間話に出て来られた。

「ところで今回、マイナーチェンジした大型トラック、あのデコンプ・レバーには感心しましたわ」
「なにしろ、、直接、パイプがエンジンまで伸びてるだけですもんねえ」
「ヤヤコシクしなくても、あれでいいんですもんね」

どうも褒めてるみたい?なんか気恥しくて「それ、私がやりました」とは言い出せなかった。

その夜は、「鹿児島の夜の帝王」と呼ばれた専務さんのご招待で、キャバレー遊び!
明くる日は、専務さんの娘さんの運転で、池田湖、開聞岳観光案内!
クレーム聞きに伺ったお医者さんにはケーキ御馳走してもらって。
いい時代だったなああ、、、

オシマイ。










クルマのスタイリング昔話その1

さて今回は、もう少しスケールの大きい話にしようかと。

私が入社した年に発売された中型乗用車、
英国オースチンとの技術提携から脱却した後の最初のモデルだった。
走行性能、音振動、どれもそれなりの水準には達していた.。

だが、、、残念ながらスタイリングがイマイチ、アメ車風なのだが寸詰まり感が否めない。
内装もそこそこなのだが、如何せん、ダサかった。
まだ自家用車としては大きすぎる時代だった。
なので、それなりにタクシー、ハイヤーとして活躍した。

ある日、会社トップの「水戸ッポ国粋主義」のK会長から指令が、、、
「ショーファーカーとして、もっと立派に見えるクルマを急げ」と。
当時、日本の大会社の社長、大物政治家はアメ車を「運転手付きの社長専用車」にしてた。
会長としてはこれがガマンがならない。なんとか国産車に代えさせたいのだ。

そう言われても、大型乗用車は数量的にたいして売れない。
そんなのに開発にヒトもカネも出せない。そうだ、こういう時はストレッチといくか!
あれだ、アメ車のボデイを伸ばして作るリムジン手法だ。

早速、中型乗用車をセンターピラー付近でブッた切って150mmボデイを伸ばして溶接。
ついでにエンジンルームも100mm伸ばして直列6気筒エンジンに乗せ換えた。
このエンジンは、確かベンツのエンジンノコピーだったような?
セドリックスペシヤル
6気筒エンジンを乗せるためにフロントノーズだけをストレッチしたクルマは
これ以前にも、後年にも出現している。
だがホイールベースまで伸ばしたプロダクションカーの例は少ない。

あっという間に出来上がった試作車は実に堂々としてる。素晴らしい!
寸詰まりだったスタイリングこそ、このストレッチを心待ちにしていたのだ。
あとはフェンダーのタイアオープニングに、クロームのモール(フィレット)を追加。
図面といえば、、伸ばしたところを継ぎ足し、紙を貼り合わせるだけでOK,、
出図手配は即完了。これでたちまち販売にこぎつけた。
ハイヤーにはなかなかの人気だった。

この手法は造船界、ヒコーキでは普通に行われてる。
胴体を伸ばしたり縮めたりして排水量や定員を変えられる。

他社では幅を100mmストレッチしたクルマもあった。だがこれは成功せず。何で?
「眉間のあいだ」が横に間延びするというのは人間でもダメなのだ。

これで終わりだと思っていたら、発売から、たった半年後、「本物を作れ!」と再指令が!
アリャ、モヤシの促成栽培がバレたか!まだたいして売ってないうちにまたチェンジかい。
どうも、水戸ッポのK会会長は、「皇室向けロイヤルカー」にでもしたかったのか?
それとも高度成長期の最中、会社のフラッグシップ、ホンモノのデカイ最高級車が
欲しかったのか?

いやー、昭和の高度成長期真っただ中。設計部は他の大衆車モデルを沢山抱えてて、
忙しくてそんなの開発する人手は無い!そこで切れ者、設計部のN0.2は考えたね。
先ず、「ビユイック・ワイルドキャット」を買い付けた。
当時のアメ車で唯一、フレームが無いモノコックボデイだ
。試乗もそこそこに惜しげもなく全分解!
更にフロアー上200mmの水平面でスッパリスライス。上半分のボデイは即、鉄クズへ。
その現物フロアを設計部の壁に横向きに裏返して貼り付けた。クルマの開き、干物状態!

「これとソックリ、寸分違わぬフロアの図面を描け!」  
えッ、それってパクリじゃないの??訴えられない?床下見るヤツはいないかな?
でも何も考えなくとも、アメ車並の大型高級車がいきなり出来上がるはず。グッドアイデア!

そして多忙な各設計課から各1名、2名を引っこ抜いた。
「大型最高級車プロジェクト・チーム」編成だ!
1年後、出図手配が完了したらプロジェクト・チームは解散、原隊復帰するのが条件。
これには各設計課も文句が言えない。

「ワイルドキャットから分解した各ユニット、各部品もそのままパクレばいい」
とはいっても、さすがに部品メーカーから苦情続出。
なので既存部品を改造、大型化して流用したが。
エンジンは初の新開発V型8気筒!アメ車並みだ。

「原価はいくら高くてもいい。金でも銀でも使え!良い物を作れ!」
「何しろ最高級車なんだから」
まるで織田信長の安土城の普請だあああ!!威勢がいい。
そうはいっても、この方針もいずれ崩れて、コストダウン命令に変わるのだが。

問題のスタイリングだが、、、、これが実に凡庸の一言、残念。国籍不明車だ!
なにしろ高級車が何たるか?だれも分からないのだからね。
なお、皇室向けロイヤルカーは、合併してヒマな別事業所に押し付けられた。

あとを追うように、他社からも同じような大型最高級車モデルが開発された。
それはやたら新技術を詰め込んだので、売ってから大問題続出、大変だったらしい。

大型最高級車の売れ行きは微々たるものだ。そりゃそうだ、需要はたかが知れてる。
そんなわけでズーと長い間、モデルチェンジせずに細々売られていた。
この辺の事情は各社同じだったが。

こういう車種って重大クレームが出てこない!なんで?
クルマと言うものは月産数千台以下のモデルは、なぜかクレームが開発部まで来ない。
多分、販売店がユーザーに土下座して、無償部品交換だけで済ませてるのだろう。
可哀想に。

だが、あんまり何年もモデルチェンジが無かったので、K会長からまたまた文句が、、、
「なんとかせい!」と。
デザイナーチームも「そんなクルマあったんだっけ?」と冷たい。だれも受け手がいない。

ここから先は、デザイナーのSチーフご本人から直接聞いた話です。
しかたがないので自らやるしかないと。明日が期限かあ、、
Sさんは、自宅で晩酌やりながら、テレビ見ながら、幼子をあやしながら、
スケッチブックにアイデアをサラサラと描いた。ホロ酔い気分で30分くらいで完成。
普通ならA案、B案、C案とスタリリングを並べるのだが、たったA案だけ。
しかもフロントエンドだけのスケッチ。
2代目プレジデント
明くる日、その絵を川又会長室へ恐る恐る提出したら、、「これでいい」と即決!
なんと、Vの字に彫り込まれたラジエーターグリル、
ヨーロッパの雰囲気がするアメ車?といった立派な押し出しだ!
後面はちょこっといじった地味なマイナーチェンジとなったが、
発売後、けっこう好評を博し、売り上げ増大!!めでたしめでたし。

「成功は努力に比例しない」
「デザイナーは努力ではない。才能である」という見本でした。

オマケ話

ボデイスタイリングと言うのは、「クルマの購買意欲の90%を支配する」という説あり。
「イヤ、60%だ!」とい人もいるが。
難しく言うと、乗ってる人間の「自己実現」「自己主張」の塊がボデイスタイリングなのだ。
いずれにしてもクルマの中身、性能なんて、よほど設計者が失敗しない限り、
どのクルマも似たり寄ったりだ。ま、大クレームが出たら悪い評判になるけど。

ところが、自動車雑誌の評論家は、ことボデイスタイリングとなると決して白黒言わない。
生産終了した後で「あのスタイリングは外れだった」なんて遠回しにいうのがせいぜいだ。
なんで??
評論家が「このスタイリングは変だ」なんて言おうものなら販売ガタ落ち!
結果、カーメーカーから目の敵にされ、以降、出入り差し止めになるからだ。
新車発表会の試乗にもお呼びがかからなくなる。生活がかかってる。

全く同じことが、カーメーカーの中でも起きてるのをご存知かな?!
ニューモデルのスタイリングは、1/4スケールのクレイモデルとして、
A案、B案、C案などと完成する。そのどれかに会社役員展示会で決まるわけだ。

ところが、、、、
役員展示の直前にダーテイな手が使われる。
例えば、なんとかA案にしたい造形のトップは、策を弄するのだ!
B案、C案は、なるべく見栄えが悪いように仕上げる。
良く見せるより悪く見せる仕上げのほうが簡単!
画策した通り役員提示では、めでたくA案が採用されるというわけ。

早速、A案の実物大のクレイモデルが造られる。
見た目は実車と変わらないように、きれいに塗装される。
この時点で、一般設計者にもスタイリングが覗ける機会が来る。

その時、その場で「なにこれ?」なんて絶対に言ってはならない!
そうなったら2度と造形課のスタジオは出入り差し止めだ!
常務以上の役員以外、スタイリングへのネガテイブ発言はご法度なのだ。

いや、役員の中でも、会長、社長の顔色見ながら迎合発言だけで済ましてる可能性もある。
誰もブレーキをかける人間はいない。
だから時々、どのメーカーからもトンデモない大失敗モデルがときどき出現する!
「クジラ」だとか、「爬虫類」だとか、「エイリアン」だとか、、、、、キモチ悪いスタイリングだ。

一例は、、、
アメリカのデザインセンターが決めたスタイリング通り中型高級車のニューモデルを
そのまま国内向けに開発!異様なスタイングだああ!!誰も止めなかったのか?
ナマズ?エイ? 後ろ下がりの腰砕けのデザイン、、全く売れす!
知人は300万円近いこのクルマの新車を販売店に拝み倒されて50万円で購入。
「皆な振り返るから快感だよーん」だって。

そんなクルマの設計担当になったら、やる気全く無し。
そして、、、担当主担は即、飛ばされた。
販売店から「すぐにマイナーチェンジせよ!」「次のモデルチェンジまでもたない」と
非難ゴウゴウ!当然、同じことが他社カーメーカーだって起きてると思うよ。

どうしてそういうぶっ飛んだスタイリングが突然現れるのか?
それはデザイナー(造形)の中には、ときには「芸術家」がいるのだ!
芸術家の審美眼、アタマの中はシロウトには理解できない。
あと、日本のマーケットとアメリカのマーケットではいい意味でも悪い意味でも
「感性」が全く違う。なんでもアメリカ!なんて油断してはいけない。

そこで「インダストリアル・デザイナー」というカテゴリーの人が必要なのだ。
クルマが何たるか?クルマのスタイリングはかくあるべし、
という確固たるバックボーンを持ったデザイナーがいないと悲惨な結果を招く。
ある意味、クルマ・マニアのデザイナーでなければならない。

じゃあ、現在は?
オレに言わせれば現在の国産車にマトモなスタイリングは皆無だ!
ダサイ車、キモチワルイ車ばかり、どのメーカーのデザイナーもやりたい放題だ。
それに目をつぶって何も発言しない自動車評論家ばかりだ!

数十年後に、自動車博物館に収蔵されるような美しいクルマが今、あるのか?
どの国産メーカーにも、そんなクルマは無い!

猫も杓子もウエッジ・シェープ、うしろ上がりの3角形、
急傾斜のウンドシールドで前方視界は最悪!
バケモノみたいにデカイ口を開けたラジエーターオープニング、
銀歯の出っ歯、スターウオーズ風のバケモノ、ガンダム風のトンガリ三角、
マンガチック、カエル目、ナメクジみたいなヌペーッとした顔、崩れたダラダラなライン、
やたらに線が躍る起伏だらけのボデイライン、なんでもあり!
美的センスのひとかけらも無い!、ユーザーをバカにしているのか?

性能さえ良ければ、値段さえ安ければ、使い心地さえ良ければ、
スタイリングなんてどうでもいいのか。
クルマのスタイリングが何たるかを知っている日本人は絶滅してしまったのだ。

ちっとは落ち着いた欧州車のスタイリングを見習ったらどうだ!!
オレには、もう気に入った国産車は無い!
オット、77歳のジジイは、もうすぐ免許返上だあああ。
お呼びでない、お呼びでない?、、こりゃまた失礼いたしました!

終わり






昔のクルマの技術レベル その4

ガスタンクのブリーザーパイプの話がまた続くけど、飽きたら読み飛ばしてね。

今までの話は、発売寸前で食い止めた不具合だが、これからは違う。
OBとしての守秘義務に反すると訴えられるか?それとも時効か?
かまわずオープンにしちゃえ!

初夏にニューモデル発売、それから3か月が過ぎた。
ジンクスとして、この頃が一番でかいクレームが出てくる、魔の3か月だな。
案の定、「朝、ガス満タンにして駐車しといたら夕方減ってる!」との苦情。
ガソリン抜き取られたんじゃないの?

いやいや、1件ではない。しかも全国的に出てきた。
一番近い横浜のユーザー宅へ現地調査に行くと、、、、
いつも下り坂の途中に路上駐車してると言う。
当時は「車庫証明」が無かった!「路上駐車当たり前の時代。
ブレーキが緩んでも安全なようにクルマは左路肩に向けて停まってる。
だからクルマは、多少「右肩下がり」になってる。それ以外、異常はないけどなあ?

次のユーザーは岐阜市内?遠すぎる!でも出張するしかない。
市内の商店街の道は狭い。皆さん、左両輪を歩道に乗り上げて平気で駐車してる。
それって違反じゃねーの?と言うのは今の常識、古き良き時代だったのだ。
横浜との共通点は「右肩下がりの駐車」だ。路上にガソリン漏れのシミが!
確かにガソリンがブリーザーパイプから漏れたのだ。

帰社してから図面を調べてみると、、、、、
ブリーザーパイプはタンクの中央上面、つまりクルマの中心線に付いてる。
そして右側のキャップに繋がってから、すっと右上に立ち上がってる。
冷たいガソリンをスタンドで満タンにして、炎天下に駐車すると、どんどんベーパーになる。
つまりガソリン蒸気がブリーザーパイプから噴き出してくるはず。
水平駐車時
もし右肩下がりに駐車していたら、ガスタンクの左側がエアポケットになるのではないかと?
つまりエアポケットのベーパーはブリーザーパイプが現れるまでガソリン液面を押し下げていく。
その分、液体のガソリンがブリーザーパイプを登って外へジャージャーと噴き出すのでは?!
右傾斜駐車時
水のようにわずかな蒸発力しかなければ問題ない。だが、ガソリンの揮発性はハンパでない。
つまり、ブリーザーパイプはタンク左端上面に付けるべきだったのだ!
なんでそうしなかったのか?それは設計者が、ガソリンを水と同じに扱ってたからに他ならない。
設計ミスである。更なる問題点は、それをユーザーに実験させてしまったということ。
ユーザーが第一発見者だった!テストコースの駐車場は全てまっ平!
「傾斜地での駐車」という実験メニューは無かった。

このころ、日本にはエバポ(レーション)規制は無かった。ガスタンクのベーパーは大気へ放出OK!
だがアメリカでは既にエバポ規制の動きがでていた。まもなくブリーザーパイプの端末は
大気開放が禁止された。チャコールキャニスターへの接続、およびべベーパーのエンジン
への還流燃焼処理が義務付けられる時代が来るのだ。

とはいえ、ガスタンクのエアポッケトは許されるものではない。
対策案はブリーザーパイプ穴をタンク左側へ移動し、なおかつ傾斜をつけることで決着。
右傾斜駐車時の対策

オリジナルの設計者はどこに?、、、アレ、この間、飛ばされてもういなかったっけ。
オレだけが、たった1人の後始末チームかあ、貧乏クジもいいところだ。

これらを含め、過去のガスタンク関係の不具合事例を全て「設計基準書」にして残した。
上司はそうする事の重要性を全く認識してなかったので、ろくに読みもせずメクラサイン。
設計管理課のファイルに登録された。

そしてそれから20年後、私はリストラされて名古屋の子会社に出向、転出させられた。
そこのプロパー設計者が「これを遵守して設計してます」と見せてくれたのが、、、
親会社から支給された設計基準書。それはまさしく私が書いたものだったのだ!
技術は20年間、全く進歩してなかったのか!

続く








プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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