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昔のホンダさんの技術

雑談ですが、、、、
令和への年号変更決定のウラ話を聞いてガッカリした。
年号って、けっこういいかげんに決めるんだ!

学者だの、有識者だのを集めて候補名を何十と出す。ここまでは民主的だよね。
それがだんだん絞られて10くらいの候補リストになってから安倍総理に示す。
総理は「オレは、こういうのがいいんだけどなあ」という腹案を持ってたけど、
10のリストには入ってなかった。残念。

仕方がないのでリストの中から多数決、、、、、かと思えばそうではない。
再び安倍総理が「リストの中だったらこれがいいんじゃないの?」なんて言い出した。
それが「令和」だったという。皆んながそれを忖度して「それで結構」となった?
なんか下心があるみたいで怪しい!
そのあと、「天照大神」にお伺いを立てるとか、、、、そういうプロセスは無いの?
それじゃちっとも有難味がないこのコンピューター社会、年号変えられるとスゴク迷惑なんだよね。

これから先、皇室の跡継ぎが先細り、女帝制度が云々されている。
ところが、、、歴史上、「側室が産んだ以外の天皇」はたった3人だって!!
じゃあ、ほとんどがお妾さんが産んだ天皇陛下だったのか?それが男系皇室なの?
そうしなきゃ、男系は保持できなかった!

敗戦直後、私がご幼少のみぎり、飢餓と貧困のさ中でも富裕層は存在した。
そういう連中はお妾さんを囲ってるのが当然だった。
お妾さんのことを、陰で「2号さん」と呼んだ。3号、4号と囲ってる旦那衆もいた。
でも皆なが使うようになって暗号じゃなくなった。
最近では「愛人28号」なんて言うけどね。

当時、近所の「古関オバサン」も、芸者上がりのお妾さんだった。
もうトシだったので昔の面影はなかったが。
旦那衆、つまり「パトロン」が釣りや道楽に凝って本家を勘当された。
それを機会に古関オバサンも手を切られたそうな。

そうなると古関オバサンがも自立しないと生きていけない。
パトロンから離縁のときに貰った自宅を貸しアパートにした。
ここに、美人の愛人「アッペさん」が住んだ。ヤヤコシイ。
アッペさんのパトロンは「第三国人」だ。中国華僑だね。
アッペさんの本名は「阿部さん」なのだ。パトロンはたまに泊まりにくるだけだから、
アッペさんはモダンなファッションに身を包んで、香水の匂いをまきちらして、
毎日、ノンビリ暮らしていた。

日本は、ついこの間までは当然のようにこういう「公認のお妾さん」がいた!
敗戦前までは男尊女卑、長男家長制度の完全封建社会だったのだ。
いやいや今だって一部では残ってる!

なのに、、、戦前の社会を復活しようとたくらんでるする変なヤツラがいる。
ソイツラは皇室制度の伝統にこだわって女帝出現にも反対してる。
そうだったら側室も復活させるというのか?

皇室の伝統と言えば、皇室の正装は軍服っぽいのとか、ちょっと奇抜な帽子とか、
テイアラとか、パレード馬車とか、、、要するにイギリス王朝のコピーだ。
これらだって明治になってから始めたんだよね?
だったら、伝統をどんどん変えたってナニが悪いのか?

昭和24年、私が小学2年の時の担任時のは若い「渡辺先生」だった。
先生は、いつも詰めエリ学生服姿だった。それしか着るものが無かった時代だからね。
学徒動員から生還したという。すごく厳しい!だから怒ると小学2年生に往復ビンタ!    
恐怖で固まって、だれも泣けなかった。

実は、私の孫は、小4のとき白紙回答テストを提出して先生から殴られた。
この事件のあと、不登校になった。大学病院で「学習障害」と診断された。
以来、もう4年も不登校だ。学習障害も知らない先生がいるのだ。許せん!

昭和29年、小学6年の卒業間際の授業で、担任の若い「絹子先生」が
突然、話し始めた。
「高天原タマガハラニに、、、、、天照大神アマテラスオオミカミが、、、、
スサノウノミコトが、、、、、、」と。   ナニソレ?
ホントにそんなことがあったの?それってお伽話なの?皆な、ポカンと聞いていた。
そんなの空想話、あったわけない!
若い絹子先生は「ホントにあったわけではありません」とは絶対に言わなかった。
その表情はホントに苦しそうだった。

それまで、「ホントに無かった話」など一度だって先生から教えられたことはなかった。
今思えば、校長いや文部省から「日本は独立したのだ。日本神話を教えろ!」
という命令があったのだろう。
その後、日教組」が強くなったから、もう日本神話を教えることは無くなったのかな?

おっと、本題と全然関係ない話をしてしまった。

昭和27年頃、、、、
小5だったオレ、自転車店をやってたおじさんに連れられて銀座の日劇前へ出かけた。
そこの人だかりの中心にはエンジンの付いた自転車があった。
メーカーの技術者が運転を実演していたのを鮮明に覚えている。
当時、ホンダさんは東京にあったから、多分、ホンダの「バタバタ」だったのでは?

NHKの「チコちゃんに叱られる」で、マイナス頭ねじとプラス頭ねじの話が出た。
ホンダの本田宗一郎氏が、昭和29年にイギリス・マン島レースの視察に行って、
見学した工場からプラスねじをコッソリ拾ってきたのが最初だという。
この話は「根性漫画」で流布された説らしいけど、、、、「諸説あります」だそうです。

実際にプラスねじが、ホンダのエンジンに採用されたのは昭和37年という。
8年間のブランクあり。短気な宗一郎氏にしてはちょっと長すぎるな。
プラスねじのJIS規格が制定されたのは昭和39年。
いずれにしても規格化される前にホンダで既に使ってたとは、、、、
本田宗一郎氏はエライ!
ネジ頭

プラスねじの原型は、、、、、
「マイナスねじの頭に更に十字に溝を削り込んだねじ」 これは戦前からあったらしい。
「マイナスドライバーで回すプラスねじ」だ。だが普及しなかった。

戦前の機械加工は、リベットなんか以外は、ほとんど切削加工だった。
切削加工は、鍛造加工の「ファイバー方向」を分断するので強度が下がる。
切り粉、切りクズが出る、加工時間が長い。

材木だって、木目を分断すればそこから裂けて折れる。これを「目切れ」という。
だから木造船の船大工は「根曲がり材」をバックヤードにたくさん集めていた。
曲がったところをそのまま利用して曲線フレーム」や「キール」にしたのだ。

戦後、欧米のものをコピーしたプラスねじは、切削ではなくて、
プラスドライバーそのものの金型を、ネジ頭に打ち込んで凹みを作る方法だ。
「冷間」圧延、転造加工」だね。これははむしろ強度が増える。
アメリカでは、既に「ブローチング加工」などの冷間圧延、転造加工がどんどん進んでいた。
ファイバー方向

ホンダが、欧米のコピーとはいえ、プラスねじの国産普及に先鞭をつけたのはエライ!
日産では、プラスとマイナスがズルズル混在した時代が長かった。
先輩に、その使い分けを聞いても「知らん」と言われたっけ。
キャブレターとか、電素部品とか、精密な部分には、長い年月、マイナスねじは使われてた。
マイナスのほうが締め付けトルクが大きくて、振動部分では緩まないと言われてたが
本当かな?時計とか、メガネとかには今だにマイナスねじがある。

一気に普及したのはプラス頭ねじの「セルフ・タッピングスクリュー」だ。
つまり「鉄板にも使える木ネジ」の出現だった。
それまでクルマに部品を付けるのには「ウエルドナット」つまりナットを
ボデイパネルの裏側に溶接してた。これに部品をネジやボルトで取り付けてた。

これがある日突然、どこもかしこも「セルフ・タッピングスクリュー」になった。
ウエルドナット不要となったのだ!!
タッピングスクリューの先端に切れ込みを付けておく。これがドリルの刃の役目をする。
パネルに小穴だけあけておいて、そこに強引に電動工具でプラスねじをネジ込む。
それだけで緩み止めのスプリングワッシャーも不要。鉄板用の「木ネジ」だ!
ものすごく組み立て効率が良い。
このテクニックはマイナスではドライバーが滑って出来なかったのだ。

さらにもう1つ、ホンダさんが偉いのは、、、
プラスチックだらけの「ホンダ・ジュノオ」の登場である。、、、、、昭和29年の話だよ!
ホンダジュノオ

私が中1だった。、隣の「加藤工務店」の跡継ぎ坊ちゃんがホンダ・ジュノオを買った!
デカイスクーターだ。見たこともない形、まるで宇宙から来た乗り物みたいだ。
そしてプラスチックが多用されていた。
ボデイ、カウリング、フェンダーはFRP(ポリエステル)風防はアクリルだという。

当時、FRPは軽くて強い、未来の材料として脚光を浴びてた。
FRPの成形型も、アクリルの真空成形の型も、「木型」で可能だから大型部品でも
大きな投資にはならなかったのだろう。それにしても思いきった決断だ。
レイモンド・ロウイもスチュードベーカーでFRPボデイを採用した。
日本でもフジキャビンがオールFRPモノコックボデイだった。
だが量産性が悪く、製造現場はキタナイ、キツイ仕事だった。
その後、製造方法が改善されたとはいえ、ボートなどの少量生産向きである。

ジュノオが売れなかったらホンダが潰れる。実際、デカすぎて、重すぎて、
パワー不足で売れなかった?会社は危なかったらしい。
当時、私のおじさんが得意になって乗り回していたメグロ・オートバイなんて全て
金属、鉄の塊だった。プラスチックなんて全く使われてなかった。
雲泥の差だ。このとき、時代が進歩したのだ。

昭和33年には、ご存知「スーパーカブ」が出現した。
これにもフェンダー、大きなカウリングがポリエチレンだという。
スーパーカブによって、コチンコチンの鉄板やFRPでなくとも、ヘナヘナなポリエチレンで
十分、実用になる部位、部品があることが証明された。
これを転機に他社のバイク、スクーターも一斉にプラスチックによる軽量化が進んだ。
スーパーカブをあんまりフルコピーしたソックリさんが現れた!
さすがにホンダさんも訴訟したね。

4輪のクルマにプラスチックが多用されるようになったのは、ずっと遅れた。
日産の初代フェアレデイはFRPボデイだったが、米国向けに量産に入るとすぐに
スチールボデイに変更した。クルマ屋は全くケミカルに弱い。
いろんなプラスチックの特性の違いすら分からない。

プラ・メーカーの言うことを鵜呑みにするしかない。
初めは「ABS樹脂」の射出成型が主体、形状保持性が良いとの売込みだった。
これがヒドイ安物。紫外線でボロボロになる。
外装のモールやフェンダーミラーに採用した部品は全滅!
プラモデルならABSでもいいんだけどね。

これに懲りて高価な「デルリン、ジュラコン」やら、ナイロンしか使わなくなった。
エンジンファンなんか、ナイロン製だった。「熱物に懲りてナマスを吹く」 
だからコスト・メリットが無い。

後年、クルマメーカーも、形状保持性は悪くてヘロヘロするけど、
ポリエチレン、ポリプロピレンなどが使える部位、部品があると分かって、
ようやく導入された。
その点でもスーパーカブのポリエチレン採用は先見の明があったわけだ。

でも、プラスチックに一度懲りた上司を説得するのが大変だったなあ。
技術者は、材料メーカーの売込みを鵜呑みにしてはならない。

上司の説得といえば、、、、本田宗一郎氏を説得するのは大変だったという。
反論すればボカボカ殴られた!
アイデアマン上司というのは、見える現象にはスゴイひらめきがある。
だが目に見えない物理現象に対しては認めようとしない。

宗一郎氏も空冷エンジンにものすごくこだわった。
しかも自然空冷!油冷?にもこだわったらしい。
馬力の小さい「ホンダN360]では自然空冷だが、大成功した。

だが空冷で、もっとでかいクルマ「H130型}を強引に作らせて大失敗した。
それが引退の原因だったらしい。
ホンダH1300

実は、「フォード・エドセル」にまつわるジンクスがある。
「左右に分かれたラジエーターグリルのクルマは悲劇に終わる!」
フェラーリも、左右に分割開口したF-1は結果が出せなかった。

じやあ、アルファロメオ・ジュリエッタはどーなんだ?  
BMWの「キドニー・グリル」はどーなんだ? ジンクスではなくて迷信だね。

ヒコーキみたいに、F-1みたいに、ひとたび飛び出せば止まらない乗り物ならともかく、
アイドリング、低速登坂のある普通のクルマの空冷エンジンハは
自然空冷ではムリだ!
風量のでかいブロワーで強制空冷しなければ馬力アップは不可能なのだ。
ポルシェだって、大馬力では水冷になった。

ついでながら、ブロワーには2種類ある。
ちなみにシロッコとは地中海に発生する嵐のことだね。
ブロワー設計

1.通称シロッコファン、、中の羽根断面が回転に対して前傾した半月形。
                低回転、低吐出圧だが大風量、ブルンブルンと低周波騒音

2.通称ターボファン、、、中の羽根断面が回転に対して後ろにたなびいた半月形。
                高回転、高吐出圧だが低風量、高周波騒音!
なるべくシリンダ回りの冷却フインの空気抵抗を下げてでも、シロッコファンを使いたい。
そうしないとウルサくて、やたら消費馬力の大きい空冷エンジンになってしまう。

ブロワーの設計って、意外と簡単なのだ。
回転する羽根車の直径が決まれば、その外周にデイフユーズ・アングルの増分を
割り付ければカタツムリ形状が出来る。
デイフユーズ・アングルとは、流体が最小損失で管路を拡大していける限界角度のこと。
空気だったら5度くらいが最大かな?

出口から風圧が逆流しないためには「チップ・クリアランス」が小さいほうがいい。
だがこの隙間が5mmを切ると「サイレン音」がひどくなる。
あと、この部分のエッジの丸みもせいぜい3mm直径くらいが最小かな。

吐出口の幅方向は大体、正方形がいい。
要は空気ダクトの断面が、どこでも吸い込み口と同一面積になるようにすれば
通路としての抵抗損失が少なくなる。

私は「ホンダXL250S」という、オフロードバイクに乗ってた。
前車輪が26インチとバカでかい!こんなでかいタイアのバイクは世界で唯一?
だからオフロードでは、深い穴に突っ込んでも、そのまま突破できる。
ところが、、、
山の中で不整地をモタモタ乗り越えてると、たちまち「熱ダレ」がくる。
パワーが無くなる!オーバーヒートするのだ。
トライアルレース的には使い物にならなかった。冷却フインがとても小さかった。
もしかしたらこれも空冷というより油冷だったのかも?

油冷、、、、オイルでエンジンを冷やすなんて無理だ。オイルは粘性が高い。
冷却水に比べて「対流」が弱い。熱伝導しか出来ない。熱伝達が悪い。
だか、外からは見えないけれど、オイルクーラーの内部には「波板」を入れて
ムリヤリ対流させているのだ。

アイデアマン上司には、そういう見えない物理現象の思考が無い。
しかも相手の言うことを聞かない。
そう、「デジタル流量制御」なんて上司は理解してくれなかったね。
ホント、私もアイデアマン上司にずいぶん困らされたものだ。

おわり。


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プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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