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大北?の池田町への転居

安曇野市にも夏が来た。盆地だから暑い。東京と変わらない35℃!
居候先のアパートは、外観は立派だがブレーカーが小さい。
エアコンを別室にも増設しようにも「ダメです」  それでは夏が凌げない。
そこで急遽、安い、小さい、「駅近」の古家を探してウロウロ。
でもコンクリートジャングルの東京で育った身なので、もう終わりが見えてる老後を
また街なかで暮らすのは嫌だなあ、、

そんなとき突然、見つけた物件が、はるか北の「ポツンと3軒家」!のうちの一軒、
そこは「池田町」、、、ドコそこ?
全国どこにもあるような名前だけど、いやいや、歴史の古い由緒ある町。
高瀬川の左岸(東岸)、南北に細長い。北は雪国「大町市」に接してる。
町の名前の由来は、図書館の郷土史によると、町内の湿地、沼、池を
少しずつ田んぼにしていった歴史から来ているらしい。
今は池がほとんどないが、池にまつわる民話が残っている。
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広大な農村風景のただ中、小高い丘の上。高瀬川の河岸段丘?
いや断層崖と言いう説が有力。

古い航空写真を見ると、太古の土石流の扇状地の突起らしい。
ということは次の土石流は避けて流れるかも?
標高は655m、安曇野市より100m高い!寒そー、、、
お米炊いたら気圧が低くて沸点が低くて、ガンタ飯になるとか?
炊飯器では問題なしを確認済。

眺望絶佳!日本のスイスだ。(行ったことないけど)  
こんな一等地がなんで売れ残っていたのか?
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夏は雲海がいつも下がってきて、山頂が見える日が少ない。

後立山連峰を西に見上げ、盆地を下に見る、東の対斜面。
まさしく「フォッサマグナ」の活断層の真上!
「それを承知で買ってください」と逆にセールスポイントにしてる。
裏山の石室古墳は「2000年間、崩れてません」 
でも今年が大地震が起きる2001年目かも?
いや、100年前には大町中心の地震で、近所の神社が傾いたそうです。

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台風の烈風は北アルプスで減衰する。たまの豪雪以外、災害には無縁だと。
でも、、、、日頃は伏流に近い高瀬川だが、
100年に一度の大雨で北アルプスの水を一手に集めたら、、、、
幅300mの暴れ大河に変身!

「なので昔から家々は高台にあります」とお坊様が言ってたけど。
いや、池田町の中心街は結構、低いところにある。
もし堤防が切れたら、高瀬大橋のそばの町役場は水没?
「そんなこと、誰も考えてません」   
確かにハザードマップでは中心街は大丈夫。
でもその下流は、、、昔は堤防が切れて水没した歴史もあるとか。

この間の冬、完全除雪の安曇野市から北上したら、
池田町あたりでシャーベットに、大町市へ入ったら圧雪に!
たった北へ20kmなのに、、、そしてさらに北へ20kmの白馬はスゴイ豪雪!
スリップ事故を3件も目撃、軟弱ドライバーの私は撤退した。

地元の人は「4駆でなきゃダメ」「いや、すぐ除雪してくれる」
「安曇野市並み、最近はたいして降らない」とか、、、どれがホント?
細長い町なので、大町市に近い北では結構な積雪になる。
4年前には2m近いドカ雪があったらしい!
大町では、かって小学校は校庭に水をためて下駄スケートを楽しんでた!
「今は出来ません」 地球温暖化は進んでいるらしい。

売りにでていた丘の上の洋風物件は結構新しい。
宅急便のお兄さんは「雪降ったらこの坂、登れないね」
ウーン、上の県道から下ってくるしかないか。

サンルームが2つもある。これでは固定資産税が増える。
2階からの脱出用外階段も。屋根に明り取り窓が。
私にはもったいないような設備付き。バリアフリー、電気蓄熱式温湯装置、
天井にはキャバレーのような豪華シャンデリアが。恥ずかしい、、、

雨戸が無い。「凍って開かなくなるから、この辺のどの家も雨戸はないです」
当然のように2重ガラス窓。「そうしないと結露で室内にツララが付きます」
ガラス1枚壊すと15万円!
「冬は風呂の水を溜めとくこと」 そうすれば時々、自動運転して凍結を防ぐ。
外の水道柱には、見たことがない「凍結防止水抜きダイアル」が付いてる。

過去に10人も買い手が現れたらしい。
でも「なんだかねえ」と売れなかった。先住者がワケありか?

展望は、、、、、南から、
蝶ケ岳は隠れ、常念岳がやや小さく、
東天井岳、大天井岳、有明富士、燕岳。餓鬼岳が正面に。
唐沢岳、不動岳、七倉岳、北葛岳、蓮華岳、赤沢岳、鳴沢岳、岩小屋沢岳、爺ケ岳。
そして北には鹿島槍、五竜、唐松岳、小さく白馬が、、後立山連峰が全て見れる!
冬はこれらが銀嶺の襖(フスマ)となって、ハンパでなく凄い景色なのだ!

「後立山」とは、富山県側から見た「立山」の「うしろ」という意味。
いっぽう、長野県から見ると、槍、穂高の前衛峰になる。
だから残念ながら槍、穂高は見えない。

スイスのツエルマット(行ったことないけど)も素晴らしい眺望だそうだが
「夏でも気温が10度以下でとても寒い」
それに比べれば、「ここは、はるかに住みやすい」と著名な登山家が言ってる。

眺望の評価点は、、
大町市が眺望の核心部として10点。、池田町は9点、安曇野は8点かな?
かといって、大町市に別荘を構えると、本気で雪との格闘を覚悟しないと。
その点、池田町は高齢者でもなんとか移住可能な位置?
地元は迷惑だろうけど。

池田町は少子高齢化、過疎化を叫んでいる。
たしかに廃屋が多い。廃別荘もある。
空き家は200軒も!「地価が上がるなんて考えないほうがいいです」
だが安曇野市の宅地乱開発が一段落すれば、いずれブームが迫ってくる?
事実、別荘、移住者はどんどん増えてる。
既に余剰気味の大型ショッピングセンター、なのにまた新たに建設中だし。
業者は先を見越しているのだ。
せっかくの江戸時代!からの古民家、土蔵、土塀、
広大な田んぼの風景が、いずれは失われる、、
廃屋を解体した土地のみ新築を認めるとか、景観保護が必要ではないか。

点在する別荘は例外なく西向き、デカいガラス張り、まるで水族館の水槽。
眺望優先なのだが、西日が暑くてたまらない、午後はカーテン締め切り、意味なし。
西向きのガラスサンルームも冬は寒いだけで全く役立たない。洗濯物も乾かない。
日本で家を建てるときは南向きにせよ!と言いたい。

薪ストーブが当たり前!高齢になったら薪割りできないけど大丈夫?
プロパンガス屋の兄ちゃんに「なんでこの辺の家は電気蓄熱システムだらけなの?」と聞いたら、
「高齢化で火事が多発して。ガスからオール電化に切り替えたブームがあった」と。
だったら薪ストーブなんてアブナイんじゃないのかなあ?

自家用天文台もある。
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三階建ての「木造古民家風」の別荘もある。
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蔵、土蔵、立派な土塀がある古民家、どこも大きい、広い。
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風情がある消火栓。赤ペンキ塗り直したい。
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むむっつ、お宝が、、、他にも別荘のガレージにはレアなお宝があった!でも撮影禁止に。
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火の見やぐら、半鐘が現役!
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この半鐘は山中で見つけた。
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この石碑群も山中で。
地元の方々は顔立ちがはっきりしてる。武士の末裔か?
皆さん、礼儀正しい。いつも笑顔で挨拶してくれる。
移住者にはとても親切にしてくれる土地柄なのだ。
ご自慢は異口同音に「眺望が良いでしょう!」「ここには災害が無いんですよ」

移住者、別荘の方は当然、どなたもリッチだ。
ウチのような貧乏人が来るところではなかった?

池田町役場には立派な「資料館」がある。お話を要約すると、、、
1.かって、松本城主が、隠居に備えてお城をここに建てようと、10年越しの建設ブーム。
  お堀まで作ったのに、、、跡継ぎに急逝されて隠居がボツに。
2.かって、大糸線は池田町を貫通する予定だった。だが町の反対でボツに。
  それで大糸線は高瀬川右岸(西側)を貫通して「大町」へ。
3.アリャー、失敗!養蚕産業ブームもあり方針変更、路線誘致。
  結果、支線が「安曇追分」」から枝分かれして池田町中心に通った。めでたしめでたし。
4.ところが池田町内の北端、十キロちょっとで行き止まり、赤字続き。
  「シジュウカラ」と揶揄されて結局、11年後に廃線。
5.安曇野市との合併話もあったがご破算?
 
なんか、私のやり直しだらけだった人生に似ているなあ、、、、、

警察署、消防署、法務局、税務署、どれも大町市にある。
そう、安曇野市よりもそっちのほうが近い。
「交番」があるって? いやいや、立派な「支署」です。
ところがゴミ処理は安曇野市の焼却炉を使ってる。
そういうときだけは「松本地域」に入る?よくわからん。

「松本地域」に対して、行政は小谷村、白馬村、大町市、松川村、池田町をまとめて、
「北アルプス地域」と呼ぶ。ナニそれ? 北アルプスはデカいよ!それを一人占め?
山梨県の「南アルプス市」と同じ過ちを犯してる。(以前のブログで説明したが)

以前通り、「大北地域」(タイホク、ダイホク,ダイキタ?)と呼ぶことのほうが多い。
「大町」「北安曇郡」の組み合わせだとか。
「JA大北、」天気予報では「大北地方」コロナ発生件数発表も「大北地方」
「大北駅伝大会」とかにも使ってる。
後期高齢者保険証は「北アルプス広域連合」になってる。

立派な「安曇病院」が町役場の後ろにデンと建ってるけど、
「北アルプス医療センター」とか「北安曇郡の広域病院」とか、混乱する、
とにかくデカい病院である、あたりは駐車場だらけ。
この一角だけが、由緒ある池田町とは別世界だ。

アレここ、以前はもっと小さかったし、「池田病院」と呼ばなかったっけ?
以前のブログで紹介した、白馬大雪渓での怪我人はヘリでこの病院に運ばれた。
あのとき、カーナビに「池田町病院」と入力したはずだが、、、
そうか、忘れていたが池田町にはご縁があったのだ。

池田町は城下町にはなりそこなったけど、千国(ちくに)街道の宿場町として栄えた。
(仁科道、塩の道、糸魚川街道、松本街道、大町街道とも呼ばれる、ヤヤコシイ)
町役場を中心とする古いコンパクトな家並みは、数百メートルで終わるが、
公図を見ると「町屋作り」の敷地割りが並んでいる。
そう、京都なんかで見られる。間口が3間足らず、奥行がずーと長い。
この街並みが今、残ってたら観光資源になってたのに。
もっとも住む人には不便だからねえ、仕方ない。

お隣の「大町市民俗資料館」のお話によると、、、
糸魚川、小谷、白馬、大町と南下してきた「塩の道」。
だが、日本海の塩田で作った塩はわずか。
「北前船」で瀬戸内海あたりの塩も、糸魚川あたりに陸揚げされた。
そこから海産物とともに、膨大な物資が松本まで延々と運ばれた。
終点の「塩尻」って、名前通り!

海岸から数えて「三日町」「五日町」「十日町」の宿場の地名が残ってる。
牛を頼りに大変な陸運だった。豪雪の冬はさすがにストップ。
武田信玄と上杉謙信で有名な「塩を敵方に送った」という話は、
後年のフィクションらしい。 「陸運だけは誰も妨げられなかった」

書きかけです。








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プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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