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長野県へ移住者のバイブル

信州地理研究会が編集した名著、これがバイブルです。
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いろんな本を漁ってきたが、これがいちばん分かり易い。
地形、地質、気候、歴史、開拓、開墾、開発、そして農林、商工業、住宅地の現状、
人口状態、、、、、自治体ごとに、たった1ページの解説だけだが、
その地域の誇り、アピールしたいこと、直面している難しい課題が簡潔にまとめてある。
でも、、やっぱり住む前には理解できない超ローカル情報かなあ?

さてそこに書かれてる移住したばかりの「池田町」周辺はどうか?
え、北の大町から南の明科まで、延々14kmの農業水路がある!
名前は「内川」という。水路マニアとしては全線を踏破したいな。

隣の信濃大町には「昭和電工」の自家用!の水力発電所がある。
その1つは山を越えた、はるか東の犀川のほとり、生坂村にある「広津水路式発電所」だ。
生坂村広津水路発電所
見上げる200m以上の尾根から巨大な鉄管が3本セットで落ちてきている。
まさかあんなところに水源があるはずはない。
その水源は、、、「東山」を越えた、はるか西北の大町の北、青木湖からなのだ!
水路を大町市街まで引き、さらに膨大な山塊の下を延々、トンネル水路が貫通しているという。
だから水路管のテッペンが大町市街の標高ということだ。スゴイ!
大河の犀川が安曇野市の明科でヘアピンターンしてここまでくる間に、標高が200m以上下がってる証しだ。
しかも暴れ川の「高瀬川」の川底をトンネルでくぐってるそうな。これはサイフォンと呼ぶ。

意外なことに、水路管のテッペンの更に尾根上には平らな広いところがある。
そこには生坂村の「森林公園」や「フルーツ公園」がある。
これがまたスゴイ!クルマでもやっとの狭い急な連続へピンカーブ、
とても歩いて登る気にいはなれない。
そこには体験館とか芝生広場とか、キャンプ場、そしてなぜか「土俵」がある!

さらに両者の間にある深い谷をまたぐ「謎の吊り橋」もある。
一体、この吊り橋は何なのか?
吊り橋の幅
地元の人に聞いたら「観光用の歩行者専用なのでクルマは渡ってならない」と。
だがそんな標識は無いし、車止めの杭もない。
幅はギリギリ軽トラなら通れそう。だが吊り橋だから橋の中央は大きく下へ撓んでる。
クルマで渡ろうなんて考えるアホがいたら、、、、、心配だなあ。

更に謎なのは、吊り橋なのにワイヤーとか柱で吊ってない!
「ナンチャッテ釣り橋」なのか?ジャンプしても揺れない? 
そう、橋桁は一体のコンクリート、床面はアスファルトなのだ。
謎の吊り橋
だがよく見ると、、、手すりのパイプは固着してない。2mごとに相互に摺動するように挿入されてる。
つまり、ある程度は撓む、、、、、柔構造なのか?
コンクリートが撓んだら、、、それを繰り返したらヒビ割れする!

なんでそんな面倒な構造にしたのか?考えたら夜も寝られない、、、
吊り橋というのは、先ずメインワイヤーを両岸の柱に渡し、それを足がかりに床面をブラ下げていくものだ。
渡るときの荷重は吊り下げワイヤーが負担する。
あと、吊り橋には必ず「左右の振れ止めワイヤーがある。そういったものが一切、見えないのだ。

こんなすごい設備があるのに、清掃してた方は「誰も来てくれないのよねえ」
対岸にも車道は来てる。行き止まりではない。だがクルマでは渡れない。
つまり、謎の吊り橋はハイキングコース周回路の一環であると。
だがイマドキ、誰も苦労して歩いてなんて来ないそうです。

そういえば、安曇野市も、池田町も、松川村も、沢山のハイキングコース、自転車コースが網羅されてる。
だがその「道標」たるや、はるか10kmも遠方の地名、名所を示してるのが普通だ。
よほどの健脚でなければ完全踏破はムリ。
山国、長野の人々はよほど脚に自信があるらしい。

この膨大な「東山」の山塊には無数の細い尾根、深い谷が走っている。
尾根の上には何本も道路が走っていて、西から東へ横断してる。
もっとも道路といっても軽トラなら走れる程度の狭い林道のようなもの。
落輪したら谷底まで一気に転落する。ガードレールはほとんど無し。
そこまでの登り下りは冬、雪が降ったら登れるとは思えない急傾斜のヘアピンカーブの連続。

しかも地質がモロイので常に鋭い落石が散乱している。
パンクしてもJAFがここまで来てくれるのか?実際、パンクして焦った!
命からがら脱出したが。
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ほうぼうに尾根上から垂直に落ちた山崩れがある。岩ではなくて土壁である。
「ナントカ山城址」に登ってみたら山崩れで半分無くなっていた。
知らずにうっかり踏み込んだら危なかった。
廃村の神社の裏手の庭も、、その先はいきなり断崖絶壁!
閉鎖ロープも何もない。暗闇だったら落ちる。
そんなところに「不法投棄禁止」の看板が。とんでもないヤツがいるのだ。

一発、雨台風が来たら、至る所が崩壊して道路を塞ぐ、山は崩れる、進退窮まる!
だから村落の沢の上部は砂防堰堤だらけ。
だがそれだけでは到底防げそうもない膨大な土石流が襲ってくるはず。
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珍しく工夫された魚道付き砂防堰堤だ。だがこの上流で水は消えてる。魚はいない。

そんな急傾斜の山肌に点々と民家が。村役場、小学校も傾斜地にある。
尾根上のわずかな窪み、平地を利用して畑がある。水利は無いからポンプアップの水道頼み。
昔は「したたる僅かな湧き水で生活していた」と!
「クルマの道路が出来たのは最近だ。それまでは歩いて、峠を越えて通学、買い物に」
「牛車、馬車?そんなもの飼ってなかった」、、、人力頼み、信じられない。

どうしてそんなところで生活が成り立っていたのか?
林業か?現金収入になる炭焼きか?いや炭焼き釜の形跡はない。
自家用の炭は穴を掘って焚火して、その上から土で埋めて蒸し焼きにしたそうだ。
赤松林は膨大にあるが虫害で完全伐採が進行中。建築材にはならない。
そもそも松は樹脂が多くて煙突が詰まるので薪ストーブにも使えない。

「お蚕さんだよ。桑の木さえ植えればお金になった」
今の安曇野市、池田町の田んぼは、実は全てが桑畑だったという。
どんな山奥でも桑の木は育つ。だから山中にでも住めた。
そう、大正の大恐慌の前までは空前の絹織物の輸出ブームがあった。
このとき日本の山村は養蚕、織物工業景気、「ああ、野麦峠」の時代だ。
戦後も一時、再興したが終わりはすぐやってきた。
今は点々と廃村、廃屋だらけ、多くの人は山を下りて山麓の桑畑を田んぼに変えた。

その廃村を探検すると、、、不思議なことに必ず立派な「お神楽舞台」に出くわす。
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普通は神社の本殿前にあるのだが、本殿跡が見当たらないところにも建っている。
それも老朽化していて今にも倒れそう。何しろ「ラーメン構造」だからね。
でも応急補強で筋交いを打ち付けて「トラス構造にしているのもある。


書きかけです。




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プロフィール

ゴンベ

Author:ゴンベ
房総の沢、滝探検、ヤブ山探検、地形調査、デインギー(ヨット)などを書いていこうと思っています。
分かりやすいように書いていくつもりですが、もし分かりにくいことがあればコメントをいただければ可能な限り答えます。
読んでいただければ幸いです。

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